旅のしおり
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Author:シュンちゃん
還暦。思えば遠くに来たもんだ。人の命はいつか必ず果てる。生きる軸足である山のほか、本にしおり挟むよに、趣くまま時折生きし証ここにつづる。齢ゆく者のボケ防止備忘録ブログです。適当におつきあいください。
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さくっとわたしのカメラ歴 -2012.5.10(木)

PEN EED -120510-1
                    オリンパス ペン EED  (1967年,昭和42年製)

カメラネタでhシェフから云われて思い出した。 母に買ってもらった、というかねだったわけじゃないと思うんですが ・・・朝日のカメラ屋さん(三日市にあった)の女主人と母さんが友達だったので買わされたか?(笑)・・・小5だったと思うのですが、「これ使われ」と言って母から渡されたのが、これ。 オリンパス・ペン EEDだ。 カメラのスペックやらは、ここやここやここらへん でどうぞ。 

当時僕にとって、カメラのメーカーや機種などと言うものはどーでも良いわけで、とにかくフィルム入れてパシャパシャパシャパシャ。 「シュン! あんたそんなに撮ったらすぐフィルムなくなるにかー」 とか 「あんた同じ写真ばっかり何枚撮っとらけ~」とかと、かあちゃんに怒られました。 姉ちゃんたち共々、女の怖さはどうもこの頃に刷り込まれたものと思われます (女性のみなさんすみません。 柔らかくてやさしい面多いって事も分かってま~す)。

大阪万博(1970年・昭和45年)もこれ持って出かけました。ソ連館で1時間半、月の石見るのにアメリカ館で3時間ならんだ時もこれのおかげでストレス感じなかったこと思い出します。 今ならさしずめ、スマホってところでしょうか。 あれから高校・大学と進み、一時ナリを潜めてた写欲は、大学の時同じアパートだった岩手の菊池くんによって覚醒。 彼は熱いニコンファンでした。 で僕も程なくニコンファンに(軽~) 後、就職し、県外赴任続く中メイン機 ニコンF4の、あの「カシャカシャカシャカシャ」っていう連写音はみなさんテレビの報道などで聞いておられると思いますが、めちゃカッコ良かったですね。 

'80年代半ばから蜃気楼を追っかけるようになると、単玉600には手が出ずで、サンニッパにテレコン付け、ぶれない様にジッツォのバカでかい三脚の真ん中に石まで載せて撮影したものでした。 '90年代前半、バブル崩壊と時を同じくしてデジカメが世にボチボチお目見えし始めました。 当時イチデジはとても高価で手が出ませんでした。 携帯電話が広まるほんの少し前の事でした。 今イチデジは、アナログニコン一式はマニアックな飾りと化し、キャノンKissXを使用。 

さて、90年代前半から自分が本格的に山に傾倒してったこともあり、写りゃなんでもイイヤ、記録じゃない、としばらくカメラそのものとは距離を置くようになりましたし、「心のネガ」ってヤツには所詮叶わないのですが、ここ2,3年でしょうか、カメラの持つ、道具としての、持つ喜び・満足感、といったものにまた魅力を感じるようになってきてるのであります。      

PEN EED -120510-2
僕のカメラの原点である、オリンパス ペン EED いろんな事を思い出させてくれてありがとう。


※ 本日掲載の写真は、先日紹介した、FUJIFILM X10 絞り優先(F4.0)にて撮影。
  (開いた画像が、ほぼ実寸大です ・・・実寸より大きな画面で見ればですが)
  この滑らか感、しっとり感、自然な感じが好きです。




この記事に対するコメント

かっけぇー!!の一言。
見ててほれぼれシマスネ!
ここや、は非常に勉強になりました。
設計者の執念に脱帽。商とは得を求むるに非ず、徳を求めることなり。
(あつ、すんません、文法があってるかどうかは分かりませんが、なんかそんな感じがしました。)

「おんなじもんばっかり何枚とっとらけ」・・・これには大笑いでした!!
【2012/05/10 21:37】 URL | hシェフ #- [ 編集]


♪hシェフ
昨今、昔懐かしでこういうスタイルのカメラもちらほら出てきてますが、まぁ、今は昔なスタイル、とってもかっけぇーですね (^^) といっても実用的ではありませんが、こういうクラシカルなやつは。 それにしても、たった50年前なのに、当時の物づくりの精神って、質実剛健というか想いがこもっているというか、当時の日本人技術者の意気込み真っ直ぐさ真面目さが出てていいです。 だからこそ他国に負けない独創的な物ができたんでしょう。

【2012/05/11 05:48】 URL | 管理人 #8XEONt72 [ 編集]


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