旅のしおり
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Author:シュンちゃん
還暦。思えば遠くに来たもんだ。人の命はいつか必ず果てる。生きる軸足である山のほか、本にしおり挟むよに、趣くまま時折生きし証ここにつづる。齢ゆく者のボケ防止備忘録ブログです。適当におつきあいください。
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友、おくる

今日、同級生O谷くんの葬儀に参列してきました。

現役世代であり何より彼の人柄でしょう、予想通り多くの参列者。座れない人がかなりおられた。そして最後にと遠回りになるが、自宅から葬祭場に向かう際、勤務するS中を回って入ったとの事。今日は学校ある日なのに(…あるからでしょうか)、先生方と大勢の生徒さんたちがみんな道に出て並び、彼を見送ったらしい。O谷君何より嬉しかったと思う。先生冥利につきるじゃないか。「君たち、これからいろいろ大変な事あるけど、夢に向かってがんばりなさい、そして、りっぱじゃなくていいから自分が思う大人になりなさい」・・・きっと彼はそう言っていたに違いない。

祭壇に飾られた写真の彼は、迷いのない真っ直ぐで凛とした顔をしていた。高校時代とほとんど変わらないといっても過言では無かった。そしてとても澄んだ力のある目をしていた。こんな純粋な目で子供たちをみていたんだ、と、彼の先生としての一面を垣間見た思いがした。また「怒った顔は一度も見たことなかった」と、小学校の同級生の方や弟さんが話された。洒脱なそんな彼の人柄が慕われての今日のこのたくさんのお参りなんだと思った。

今日は12,3名の同級生と担任のO川先生のお顔を拝見した。諸々用事もあり出棺は時間許す朝日町から立山町までの仲間9人で見送った。久し振りの再会であり雑談しながら時を待った。が、息子に先立たれたお母様の痛々しい姿が目から離れなかった。心中察してもとても察しきれなかった。

こうして、自分の中ではいつまでも学生服姿なO谷君と、今日今生のお別れをしました。その内オレも必ずそっち行くし、心の中に君はいつまでもいるんだけれど、たまには夢で一杯飲ろうぜ。

O谷、今までいろいろありがとう。




この記事に対するコメント

私も50代で何人も同級生を送りましたけど
何かまだ皆、声をかければいるような気がします。
ほんとに出てきたら怖いので声をかけるのは控えてますが・・
特に携帯の番号はまだ残っているので、電話すれば出るような気がしてなりません。
心の中では何時までも生きています。
【2010/11/18 21:32】 URL | yamanouta #EExJr7xM [ 編集]


今日、高校時代のアルバムを見ました。クラスが一緒になったことがないので、話をしたことがありませんが、顔は憶えています。高校時代は僕もおとなしい方でしたから、彼もそうじゃないいでしょうか、話をしてみたかったです。しゅんちゃんは理数科だったから、仲間とは三年間一緒ですよね。青春の同時期を過ごした友が亡くなるということはさみしいですよね、O谷君の安らかなご冥福を心からお祈りします。
【2010/11/19 00:19】 URL | hシェフ #- [ 編集]


♪yamanoutaさん
50代と言えば、第三者的・生物的にみれば、熟年期ですね、そして
若い若いと言ってはみても、一気に老化の加速する年代ですね。
心の中に生きている、ってことが分かる年頃になりました、
ホント、ケイタイ鳴らせば、出るような、そんな気がします。

♪hシェフ
アルバム見られましたか。そうですね、大人しい柔らかいヤツでした。
n沼くんなど「mももうおらんがやったよな~」なんて、
まだ生きてるヤツをいつの間にか死んだことにして、皆に怒られてました。
僕ら、3年間クラス一緒だったから、
取分け、一人ひとりに対しての思い出と、まとまりあるようです。


【2010/11/19 06:05】 URL | 管理人 #8XEONt72 [ 編集]


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