旅のしおり
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Author:シュンちゃん
還暦。思えば遠くに来たもんだ。人の命はいつか必ず果てる。生きる軸足である山のほか、本にしおり挟むよに、趣くまま時折生きし証ここにつづる。齢ゆく者のボケ防止備忘録ブログです。適当におつきあいください。
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ハレルヤ/オフ会 後 黒部峡谷フィルム鑑賞会
  
  図略近附山立-1200
                              立山附近略図 冠松次郎著「黒部谿谷」より


所属する山の会「ハレルヤ」の夏の集い(BBQ)が高岡の刺激ちゃんち -別名小竹山荘- を会場に今年も行われました。以前にも書きましたがこの「ハレルヤ」と言う山の会、年末から5月位までの有雪期のみを活動期とする、そう言う意味では珍しい会なので、ぐずぐずした今年の夏ではありましたが、それぞれの個人山行について「夏山大いに語る」であり「秋あんた何処行くん?」を肴に、おおいに食べ、飲み、語る、そんな趣旨の集まりです。

鮎塩焼き-750
       みんな、肉より魚介類が口に合う年頃になった

山で会うのが原則だが、こうして、たま~にヒラバでゆっくり話すのも乙なものいいものです。しかしながら、おいらは趣旨に忠実にとの思いから、今回真面目に一生懸命に(←言い訳とも言う)、飲み・語り・飲み・呑み・語り・また呑み、、でほとんど食べず、結果。。。一人10時頃に沈没撃沈。日付変更線まで地面グルグル回り、復活するも時すでに遅し。良い子なのか悪い子なのか、ロンリーな単独行、夢の様な世界を行ったのでありました

小竹山荘に泊めてもらい朝目が覚めると、あらら、不思議に二日酔いほとんどと言っていいほど無いじゃない、で、さわやかな朝の涼風に時折吹かれながら、いる者で朝食、お茶、雑談、「金とく」再放送を楽しんだ。この茶の間的まどろみ感、居心地良く最近楽しみでもあるのだ




っで、帰宅後、これまた楽しみにしていた、黒部奥山・黒部峡谷の映像を見に近くに出かけました
天高く何とやらのごとく、とても秋らしい日和で自転車に乗ってると気持ちの良い日でした。
レジメ-450ta

1927年・・・昭和2年と言った方が訴求力あるかな、文部省制作・冠 松次郎監修、35mm・24分。上映時間は映写機の構造上1.33倍のスピードだったので約18分で、白黒・無声。現在東京国立近代美術館に保管されているとても貴重なフィルムでした。三日市(現在のJR黒部駅)から黒部鉄道に乗り宇奈月まで行き、新鐘釣温泉・欅平・作郎越・池ノ平・小窓・立山・剱沢・内蔵ノ助平・平・立山温泉をたどる様子が収められていた。

一通り見終わった後、もう一度映像が映し出され、阿曾原温泉小屋の佐々木泉氏がその映像を一通り解説されるという、かなりの豪華版、しかもあんた入場料無料やぜ~。それもあってか、カーターホールが9割埋まる盛況ぶりだった。郷さんのお姉さんや会場出てからiちゃん、そして大蓮華山保勝会の方にも会った。出入り口で構えてりゃ知った顔オンパレードだったのかも知れない、おりょみんな関心が深いのだ~とも思った。

池ノ平から八ッ峰方向が映し出された時、82年前のモンローの唇がしっかり写りこんでいた。8月としては今よりもグッと肉感的官能的なくちびるだった。温暖化が進んだ現在より当時は雪は総じて多かったと推測されるものの、それにしても、三の窓雪渓にしてもそうだったが取分け雪の多かった年だったのではないか、と佐々木氏が解説された。

黒部峡谷の当時の様子・我がふるさと黒部、を知る上で、そして電源開発が進んだ21世紀、今後ダムと私達のくらしの関係をどう考えて行かなければならないのか、等々良い学習になりました。

山仲間との集い、そして山のフィルム鑑賞と、この週末は山には入らなかったが、
山好きの自分には、一泊二日の山行に匹敵する充実の週末だった訳だ




この記事に対するコメント

遅ればせながら楽しいひとときでございました。いや~でも不沈艦シュン号が沈むのを始めて見ました。ま、浮かびあがってくるのも早かったけど。わたしは心地よく酔わせて頂きました。よったんの独特のぴよぴよトーク(なにそれ?)に酔ったんかもです。泉さんのは満員盛況だったんですね。モンローの唇が分かる人は相当通な人ですね。わたしはその時間、オウムの蛮行によって悲哀の死をとげられた故坂本都子さんのメモリアルコンサートにいっておりました。お父さんが今でもかわいそうで見てられないほど泣かれておりました。名を変え今でもその教団が残っていることを考えるとぞっとします。
【2009/09/08 11:11】 URL | hシェフ #- [ 編集]


♪hシェフ
仲間の関係も一通り熟れ、家族的つーか兄弟姉妹的っつーか、そんな会になってきましたね(#^.^#)。そんなんでおいらは気を許しすぎての沈没でした、お許し下さい。で翌日のカーターホールも盛況でした。そうですか、坂本都子さんが僧ヶ岳林道すぐ横魚津側で見つかり、すぐにお参りに現地に行った記憶がありまが、あれからもう14年なのですね。あの年平成7年は、阪神・淡路大震災、地下鉄サリン事件、それと、ちょっとそれるけどテレサ・テンが亡くなった年でした。猪年は何か災いが起きるという言い伝え、地で行く様な、とても悲しいことが多かった年でした、改めてご冥福をお祈りします。
【2009/09/08 13:30】 URL | 管理人 #8XEONt72 [ 編集]


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