旅のしおり
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Author:シュンちゃん
還暦。思えば遠くに来たもんだ。人の命はいつか必ず果てる。生きる軸足である山のほか、本にしおり挟むよに、趣くまま時折生きし証ここにつづる。齢ゆく者のボケ防止備忘録ブログです。適当におつきあいください。
   since 2008(H20) 8.28 



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夏山通信2011-Ⅱ・浄土山&雄山

一ノ越山荘と雄山山頂への登山道-110828(日)
                         一ノ越山荘と雄山山頂への道  2011(H23).8.28(日)

ここ3年例会となっているカツノリちゃんご夫妻との山歩き。今メンバーは、昨年に続いての参加・幼なじみの島ちゃんに、初参加・八倉巻ご夫妻の6名。この仲間とは立山の主峰雄山(標高3003m)詣でが中心なのですが、今年はもう少し歩こうよと言う事で、このところスキー山行としてしか出かけたことのない浄土山(2831m)・・・その①その② を経由して雄山に登り、下山は一ノ越から最短を取る、半周遊コースを選択。 以下、写真日記的に紹介です。
 
 朝の室堂ターミナル-110828(日)  浄土方面に向かう-110828(日)  浄土山への分岐-110828

 浄土山へ登る-110828  浄土山への急登で-110828  浄土山側からの雄山-110828

         カラフルんなったもんだ・一ノ越-110828    雄山途上から室堂平-110828

 全員登頂の時-110828  今日の雄山神社-110828  にぎわう雄山山頂-110828

 雄山山頂、集合写真-110828  ランチタイム-110828  ひろみちゃんの一品-110828


標高上げるに連れ感じた息切れに、ここが高地・立山エリアである事を思い、同時に時折吹く爽やかな風に、すぐそこまで秋が来てる事感じた。山の秋は早い。 「 たかが立山 されど立山 」 それぞれがそれぞれにがんばった。 そして、怪我・事故なく全員無事下山。これ一番。この処、剱・立山も事故続き。 後味の良い気持ちの良い山歩きだった。 みなさんありがとうございました。

魚津のMさんに、先日雷鳥調査でご一緒した写真家のケイちゃん(高橋敬市氏)、そしてわたすげさん夫妻に朝、そして源次郎尾根やってきた河合ちゃんパーティーに帰りの室堂で会った。

久しぶりの好天に富山県民感謝デー期間中の日曜日、加えて夏休み最後の日曜日という事からでしょう、晩夏立山は老若男女多くの登山者で賑わっていた。 越中・おらが立山の夏は今年もこうして終わり、そして同時に僕の夏山もこれで終わった。


∫ 後日追記
実は、朝立山駅のトイレでしゃがんだ時、ズボンのチャックがはずれ無残・完全オープン状態。 テン泊ん時は装備してる安全ピン。 今日は持っておらず、五十嶋さん…駅前にある五十嶋商店・太郎平小屋五十嶋社長の奥さん…に無理を言い、2つもらった。 奥さんには「だ~れも見とらんちゃー、なに気にしとんがいね~」 と言われた。 また同時刻h美ちゃんが別に1つ用立ててくれていた。 中年おやぢに、身なり・エチケットは特に大切です。 お二方ありがとうございました。





朝日岳方面、夏山パトロール -2011

夕照、雪倉岳-110813
                      朝日小屋前より、夕照雪倉岳(標高2610m)   2011.8.13
               夕闇迫る静けさの中、岳人達の胸中に去来するものは、何なんだろう。

このお盆、8/13-15、朝日岳方面の夏山パトロールに入ってました。
北又⇔朝日小屋、そして今回はアヤメ平(栂海新道の)まで。天候に恵まれましたので、朝日・盛夏の様子少し紹介です。 あっ、パトロール中は異常なしでした。

 朝日小屋のテン場-110813
         テン場の様子 
 
 山頂への中腹からふりかえる-110814  山頂より立山連峰方面-110814  山頂より剱岳方面-110814
 今回は、360°すばらしい眺望。 山々はもちろん富山平野もすっきり見えた。

 長栂山から栂海・アヤメ方面-110814  アヤメ平(栂海新道の)-110814  クサリ場下がる-110814
 栂海新道アヤメ平は、名の通りアヤメが咲きほこっていた。           北又に下がる。

 朝日岳山頂-110814 下山前-110815    柳川くんと-110813
         同行の方々と        小屋を後にする頃      黒部の柳川君と。雪倉岳を
                                           往復され北又に下山された。

 よねさんのそうめん-110815
     下山後北又小屋にて
   変わらずまいう~だった


ベースである朝日小屋、清水管理人が、夕食時に登山者にいつも言われる 「無事に下山して初めて、『今回の山歩き(朝日岳登山)は良かった』 ですから、十分気をつけて歩いて下さい」 は正にその通り。 各自が体力・その時の体調・気象状況を考慮し、過去の経験・技術を過信することなく、まして驕ることなく、装備をしっかりして無理のない計画で行動しましょう。

下山時イブリ山頂で新湊高校が甲子園で東洋大姫路を相手に1対2と健闘してる事を知り北又に下がったが、結果1対11で敗れベスト8入りならずを知った。でも大健闘です。 また、今回花じい一行と小屋で期せずしてお会いした。一晩一緒だったのでいろいろ話しができた。 話しは変わるが、元ちゃんも書いておられたが、今使ってるコンデジのあやしくなってしばらく経つオートフォーカスが、そろそろ限界近しに来た様だ。使用シーンが山、それも4シーズン全天候下という過酷な状況ゆえ仕方ないでしょう。 そろそろ買い替え時にきているんだろう・・・掲載写真は補正かけまくりです。



エヴェレスト街道録-Ⅲ

初なまエベレスト-051229
                目の前にとびこんできた、初めての生エベレスト(標高8848m)

タムセルクの夕景が綺麗だったベンカーの夜が明けた。歩き始めて2日目。今日も快晴。間違っても自分じゃない、メンバーの誰かさんの「日頃の行い、晴れ男晴れ女」に感謝しなきゃ。宿を後にし、チュモア、モンジョと歩き、ジョルサレ・リバーレストランで昼食。酸味の効いたミートスパゲティを頂く。酸味ってとこが東洋人向けなのか、とても美味しくいただけました。シェルパ族と日本人は元々似てるんだけれど、そこの女将さんが、立山・室堂派出所の絹ちゃんに似ていると一盛り上がり~(今振り返るに確かに~!・笑)

ちょうど正午、その“絹ちゃん“ちを後にし、何度か吊橋渡り、今ルート最大の急登に入った。登り切り・・・そして、今山旅で初めてエベレストを見た(ビューポイントの標高3,100m)。生まれて初めて生で世界最高峰を見た。堂々悠々と雪煙上げる姿がとても印象的で、何故か思わず手を合わせてしまった。シェルパ族はチベットからやってきた民族なので、世界的に通じる「エベレスト」やネパールでの呼び名である「サガルマータ」ってのはあまり使わないそうです。中国名である「チョモランマ」を日常使うそうです。

歩を進め、この日の宿泊地、ナムチェバザール(標高3,400m)に着いたのが午後3時20分。今日12/29は、イングリッドの誕生日。離れてると愛おしい。いいとこ見せないともありで、街の電話屋さんまで行き、家に電話を掛けた。家族が「ホントにパパかいな?」と驚いていたのが印象的。娘なぞは、まるで宇宙人から電話が掛ってきたよな驚きぶりで、なかなかママにかわらないし、こちらは周囲に人が居るので困惑したのを憶えている。「恥ずかし楽し、そして亭主元気で留守がいい」、をその電話屋で味わい、離れているほがやさしくなれるのは何故だろう?・・・などと考えながら宿に戻る。ともあれ忘れられないイングリッドの誕生日となりました(向こうは憶えて無いと思うけれど)。

渋ちゃんと、持参してきた日本酒を少し飲り、夕食はヤクのステーキをいただいた。これがまた美味かった。ホッカイロを一枚腰に貼りシュラフに潜り込んだ。温かい。ただ、トイレが外だったのですが、夜中、野犬の大きな遠吠えにおののき、なかなかシュラフから出れずな長い夜でもあった。

朝方、初めて見たエベレストの夢を見た。



       ベンカーをゆくポーターたち-051229          リバーレストランにて-051229

           ナムチェバザールの街並-051229  宿からナムチェの街-051229

           牛も家族みたいな世界-051229  電話かけにいく-051229

 まずは乾杯(^^)-051229  ゆうげは楽し-051229  渋ちゃんまちこ-051229

                     頼りになるガイドたちと-051229



・・・ つ づ く 予 定 ・・・



明日から弊社も人並みに盆休みに入ります。
脳天からすっきり、さわやか~な、涼しいとこに行きたいな。



当世やま事情、セルフレスキュー精神

このところの登山ブームと登山者の高齢化に伴いでしょうか、セルフレスキューという基本的な概念・心構えが、登山者の意識のなかから消えつつあるようなニュースがあったので紹介です。

富士山救助隊、ムダ出動過去最多


常にリスクを伴うのが山の世界ですね。動けなければ或いは下山口までたどり着けないであろう場合な救助を要請しなければいけないと思います。またいろんな考え方があるでしょうから、あれですが、登山≒“精神世界”ととらえてる自分には、山の大原則は自己完結。 最初から他力本願、行き当りばったり、他人を安易に身勝手に引き込む・巻き込めば的な登山スタイルは、ん?と思ってしまう。 そんなヤツおるん?とも思うし、そういう登山者にはきっとそのような意識すら大なり小なり無いものと思われます。でも、そういう時代に山は確実に突入したことも事実でしょう。

精神世界に生きてた最後の世代、僕の父親達の時代から、今の僕ら世代、そしてそのまた次の世代に移り変わろうとしているに、どこか似ているよに思う。  山に入ると分かるが、一部だろうがことば巧みに操り自己主張強い都会人に、わがままな中高年は多い。 また登山の志向が自分と似ている山人というのは案外少ないものです。教えてもらってるのに聞き流し中途半端な言動。ゆえに次世代にほとんど教えもしない(追いつめられたら常識やろーとか言ったりして)。 一番悪いのは、そんな僕ら中年世代なのかも知れない。



墓掃除

陽が上がるとすぐに暑なるし、夕方はもやっとして熱風熱波ぽいので、一日で一番涼しい早朝に、イングリッドとメロディの3人で墓掃除に行って来た。時折風が吹く気持ちのいい条件だった(^^)。

掃除する…墓守りしてる墓は二つ。一つは父方というか自分ちの。もう一つは母の生家のもの。母の実家は諸事情から戦前に絶え、一家は埼玉に移住してってるので、向こうに墓はあるのですが、何を思ったか母の兄弟姉妹方がこちらにあった古い先祖代々の墓を、もうしばらく経つのですが、新しく建之しちまったもんだから、誰かが守ってゆかなければならなくなり、それが僕ってわけ。 そして7人だった母の兄弟姉妹も、先週また一人亡くなり、今は末っ子のふじちゃん(82才)が一人居るだけになった。ふじおばちゃん一人になった、とても寂しそうだった。そんな事思いながらの墓掃除は、例年に比べかなり丁寧にできた様に思う。

さて、今日富山市の最高気温予報は37℃。マジかよーーって感じ。取分け暑かった去年の夏は37℃越えが2日あった(8/5,8/24)。 今日はどの位まで上がるのでしょう。 実は、先日室内で軽い熱中症の症状が出てしばらく動けなかったという事がありました・・・動悸がし心拍数急激に上がりしばらく下がらず、発汗大汗止まらずだった。体温調節機能が一時働くなった。 もういい歳。なので、今日は用心しよう。

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心構えが良かったのか、今日はさほど暑く感じなかった。で、

夕方、丸ちゃんと直美ちゃんの墓参りに行って来た。



N・Mさんから「豊穣の山」いただいた

豊穣の山、表紙-110806(土)
                    「豊穣の山」 佐伯邦夫著 2011.5発刊

去年に比べればそんなではないものの、この処の暑さ。午前中は扇風機だけで凌いだものの、午後は誘惑に負けクーラー入れごろりんこ。で、クーラー止め、そろそろ一杯飲ろうかなと思った夕方、正にその時、近所のN・Mさんが訪ねて来られた。佐伯邦夫氏の最新著書である本をわざわざ届けて下さった。

著者佐伯邦夫氏、兄の郁夫氏は魚津岳友会創立に尽力され、毛勝・剱岳界隈の山岳史に大きな功績を残されている。そしてお二人は僕の高校の先輩でもある。当時超高校級と称賛された山岳部の実績はすばらしいと思います。剱岳・北方稜線には魚高尾根という先輩方が残された足跡も脈々と刻まれている・・・最も僕は高校時代、合唱部&帰宅部だったのですが

そして、N・Mさんは前述のごとし同じ町内で僕より10歳位年上だろうか・・・。魚津岳友会・今の佐竹会長が現役代表をされてた当時、7年程魚津岳友会の会長を務めておられた、いわばバリバリ筋金入りの岳人である。華奢な体にテノール調な話しぶり、そしてひらばの氏はシャイ・・・山の話しになると違うと思いますが。仲間が違いまたあまりにも偉大すぎて、町内で葬式あった時に一緒に受付したり香典数えたりする仲なのですが、「こんな低い山行かんやろうけど、僕の気持ちなが。邦夫さんのサインも入ってるから・・・」と言われおいていかれた。

ネット華やか、山の世界もあれこれひらば見な理屈優先しがち。本屋行っても山岳雑誌のフェイシングは10年前の倍(本屋によっては3倍5倍)。いいことなんだろうが、僕にはその2/3は、ファッション雑誌に見える。 そんな中、N・Mさん、現場主義・良き時代の、無口で心技体三拍子そろった、山に想い熱き数少ないモノホンな山屋だと思う。 邦夫氏の著書であった事はもちろんですが、・・私にまで・・・その、その気持ちが嬉しかったのです。 先輩、ありがとうございました。


              ふるさとの山は・・・-110806




夏山通信2011-Ⅰ・剱御前・三角点(標高2776.6m)

剱御前から新室堂乗越方面-110802
                        剱御前・三角点から、新室堂乗越方面  2011.8.2(火)

仕事が一段落したので山に入った。プライベートとしては、1ヶ月以上振りの山歩き。出かけたのは今まで何故か縁のなかった剱御前(三角点のある標高2776.6m)。一泊でゆった~りと。それも山銀座とも言える賑やかなる雷鳥沢でテン泊という、地に身をどっかりつけてってスタイルでだ。同行と言うか、企画は元ちゃん夫妻でした。ご一緒させていただきありがとうございました。

【初日】
 室堂から雷鳥沢への道中で-110801  テン場の様子①-110801  テン場の様子②-110801
 剱御前小舎に手伝いに入るねぎちゃんと、この日は雷鳥沢テン場まで一緒だった。

 テン場で寛ぐ元ちゃん山ノ神-110801  ヒュッテの温泉-110802  温泉うんちく-110801
  まったり寛ぎ至福の9時間     僕だけヒュッテの温泉に出かけた。
 生徒を引率・滋賀守山高校の        ・・・ちっとは夫婦水入らずにしてあげなきゃね
     お二人の先生とも交流。

そんなこんな、湿度感じない、オラが国の立山という高所で、時の流れのままに身を任せた。←テレサ・テンの歌みたいになっちまいましたがそんな感じがぴったし。ふり返ると飲んでた時間は長いが、時折降る雨に緊張感が途切れなかったからなのか、途中で風呂に出かけたからなのか、そんなに酔いは回らず。と言っても、たあいのない話しに時計の針は加速度的に気持ちに反し速く進み、気がついたらもう8時半を回っていた。で、解散。9時に寝入る。1時まで一度も目が覚めなかった。その後1時間ごとに目が覚めたが、まぁぐっすり寝たといえる雷鳥沢テン泊だった。

【2日目】
行程からすると早いが3時半起床…僕の胃は起きて1時間は食事を受けつけない。 で、起きてまずは下界通りコップ一杯の水、続いてコンロに火を入れ日本茶で胃を目覚めさせる。後、元ちゃん山ノ神が外のベンチで食事の準備されてることに気がつき、僕も外で朝食の準備。食後のコーヒーまでいただき、では雷鳥坂登りましょう。
 では行きましょう-110802  往きの御前小舎にて-110802
                      ねぎちゃんと帰りの打合せ
 
 案内板-110802  剱御前へ向かう-110802  剱御前への道-110802

      コバイケイソウがよく目についた-110802    ハクサンフウロがとてもかわいかった-110802  

 剱御前に到着-110802  三角点-110802  剱御前山頂にて-110802(火)
                                                コーヒーで乾杯

 剱御前から北方-110802  剱御前から剱岳-110802  剱御前から剱沢方面-110802

           剱御前から、別山・立山方面-110802   剱御前から立山近景-110802

 御前小舎に戻る-110802  御前小舎から下がる-110802 
 
 テン場撤収し最終下山-110802  今日の地獄谷-110802  今日のミクリガ池-110802
 所用あるシンデレラなねぎちゃんとはテン場で別れる、
 僕らは雷鳥沢テン場に、3時間以上滞在、ゆっくりしました。 あ~~、ぜーたく~

【食事編】
 ワラビの昆布〆-110801
   山ノ神のワラビの昆布〆
   とっても美味かった!

 僕のメインディッシュ。 
 夕食のひとメニュー-110801  朝メシ-110802  昼メシ-110802
 と言っても、両日に渡り、山ノ神の美味しいもん沢山いただきました。ありがとうございました。


雨が降ったり止んだりに加え、初日の夕刻から2日目の正午頃までテン場のトイレの配管が詰まり、使用不可となるトラブルに見舞われたが、狭いながらも楽しい我が家と言うか、一国一城の主的気分満喫とも言うべきテント泊でゆっくりできたし、剱御前では奇跡的とも言える眺望に一時恵まれ、名前とはうらはら、そこはとてもステキな奥座敷だったのでした。 僕にお気に入りな場所がまたひとつできた。


♪ 写真、一部 元ちゃん提供 です。