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Author:シュンちゃん
シュンちゃんのブログにようこそ。還暦近し私の人生。いろいろあるけれど、一方通行、リピートできない人生という旅は一度っきり、自分らしく駆け抜けたい、そう思っています(^^♪

若い頃ふれた歌や映画やドラマが好きです。またやがて徘徊老人になった時、嫌われても化けてでもおうちに戻って来れる様にと、風吹く稜線目指し、山を歩くようにもしています。冬はスキー山行が多いですが^^;

また「衣食住」などと云いますが、取分け食べる事って別格! 生きてく上で&健康に切って切り離せない。覚えようとか人より上手くなりたいと云う事からではないのですが、料理も都度やるようにしています(#^.^#) いつ独りになるか分からんし。

その日その時々、思ったこと感じたこと、心に浮かんだ歌や映画やドラマ、そして出かけた山のことなどを、書きたくなった時、気持ちが動いた時に書いています。文章や写真は随時変更したり削除したりもします。なので適当に読み流してください。

       since 2008.8.28 



シリーズ、チューリップ・・・五夜 「青春の影」


                                       '74 6月  青春の影

シリーズ、チューリップ第五夜、“青春の影” ここまでずっと姫野達也の歌声できたので、ここらでやっぱボーカル・財津和夫と行きましょう。これ6枚目のシングルで、「アイドル路線から彼らを、目指す音楽路線に引き戻した」と言われる作品でもある。財津のすらっとしたその出で立ちは、同郷であるロックの鮎川誠を思い出します。シーナ&ザ・ロケッツ、カッコ良かった。特に鮎川の夜ヒット初登場の時の博多(久留米)弁でシャイな雰囲気は今も鮮やかに憶えている。おっと、話しがそれました。そして、同い歳で友人の小田和正ほどではないが、澄んだ繊細な歌声、37年前の財津和夫のバラードワールド、今聴いても、色あせず、なかなかいいですね。


シリーズ、チューリップ・・・四夜 「心の旅」


                                        '73 4月  心の旅

シリーズ、チューリップ第四夜、“心の旅”。前回であたかも昭和40年代に終わりを告げた様なこと書いたが、ん~やっぱこれチューリップにとって外せない歌ですね。彼ら3枚目のシングル。これでダメだったら福岡に帰ろうなどという事もささやかれてたとか。そして、作詞・作曲手掛けた財津和夫、自らが歌いたかったらしいが、関係者の判断でボーカルはまたも姫野。結果大ヒット。財津の心境複雑だったというのは有名な話し。まぁ彼らを一気にメジャーグループにのし上げた歌であり、このヒットにより、5人は相部屋暮らしから文化的な暮らしへと解放されたという、エピソード付の歌でもある。

それにしても、この映像見てると、汚いが(失敬)、若い、
ロン毛に髭にパンタロン風なジーンズ。ガロなんてのも思いだす。
僕はその様なファッションとは無縁なところで生きていたが (…て、どこやねん・笑) 時代だねぇ。



シリーズ、チューリップ・・・三夜 「ぼくがつくった愛のうた」


                   '74 10月 ぼくがつくった愛のうた〜いとしのEmily〜

シリーズ、チューリップ第三夜、“ぼくがつくった愛のうた”。昨夜の二夜同様昭和49年に発表された作品。昭和40年代最後を飾った歌でもある。ここまでに世に出たチューリップの歌では、「心の旅」や「青春の影」の方がセールス的には上だったのかも?ですが、この歌は今になっても群を抜いて僕の心をとらえ、離さない。

今日は、季節はずれな台風が日本列島を通過中で、雨風の強い一日だった。午後には温帯低気圧に変わったらしいが、今も吹き荒れる風の音が止まない。そして僕と言えば、久しぶりに風邪をひいてしまい、ひと仕事の後、ほぼ一日ソファーで横になり沈殿。 どっぷりテレビな過ごし方も、たまには良かったです。



シリーズ、チューリップ・・・二夜 「銀の指環」


                                       '74 1月  銀の指環

シリーズ、チューリップ第二夜、“銀の指環”。チューリップのボーカルと言うと、どうしても財津和夫を思い浮かべるが、第一夜同様、この銀の指環もボーカルは姫野達也。なかなかどうして、青春のあどけなさ感じる心地良い歌い方じゃないか。これ最近の映像だが、むむっ、グッチ裕三に似てると思うのは私だけでしょうか。



シリーズ、チューリップ・・・一夜 「夏色のおもいで」


                                  '73 10月  夏色のおもいで

チューリップを不連続的かもですがしばらくつづってみようと思います。

第一夜は、73年秋リリース “夏色のおもいで”。世の中オイルショックで混乱した昭和48年。トイレットペーパー買占めに世の中の方々走り回ってるニュースが4本足のテレビのブラウン管から流れていたが、オラんちは新聞紙の時代が終わってまだ一桁な頃で、松島とか何とかいうB5位のチリ紙を使っていた。子供にはずいぶん長でかい商品だった。そう、もちろんボットン便所の時代です(食事中の方すみません)。 おっと、話しがそれました。時系列たどれば、第一夜は、メジャーデビュー曲 “魔法の黄色い靴”であり、この歌が世に出た同年春のメジャーどこ “心の旅”あたりなのでしょうが、何故か、僕はこの曲が記憶に明るい。



今年黒部も梅雨入り早いんかな? &吉永小百合



ここ黒部(北陸)はまだですが、今日(5/26)午後2時、気象庁から、中国・四国・近畿地方が梅雨入りしたとみられると発表がありました。4/30に沖縄が梅雨入りしてから、今年は日本列島ちょいとどこも早く梅雨入りの模様です。 で、ジメジメとは対岸さわやか~で思い出す女優が僕にとっては吉永小百合・・・なんで(笑)。干支が一緒なのが、じま~ん(ほぼ1/12の確率やん,つまり12人に一人いるのに)。 いいね~何時みても、ってゆーか~、「老いて今だ円熟に一歩手前的、爽やか・かわいい」って感じが。 そして、この「おとうと」という映画、最近テレビで観たが、監督山田洋次はずっと寅さん撮ってた事云わずもがなですが、さすが“山田洋次組”でした。クール・ホットで言えばホット。和・洋でいえば和。で、所々笑わせてもくれた。世界に出てってもいるけれど、出てかんでいいがに、日本人の日本人による日本人の為の映画、って感じがいいのに。

僕には二人の姉ちゃんがいて、今はもう会う事あまりないものの、会えば、今はもう無い生まれ育った家での頃の話し、僕が酔えば、うんうんってただ笑って聞いてくれる。この歳んなると、女兄弟はいいもんだと、そう思う。。。ご飯食べに行ったり日帰りドライブん時は僕だけ外されるけど そして、山やる者にとって今の旬は「岳」ですし、「剱岳」にコミック「孤高の人」なんかは特に良かった。 でも・・・でも、好きな山岳映画もいいが、健さんと横並びな吉永小百合が、も一人姉ちゃんだったらいいのになぁ、なんてこの映画観てそう思った。吉永小百合の手焼かせる弟になってみたいななのであります。



爽やかな日だった

町内より-110524(火)
      町内にて。 建設中の新幹線道路の向こうに後ろ北アルプスの峰々  2011.5.24(火)

ヒンヤリしたり、暑かったり、
はたまた、もやっと空が霞んでたりする日が続いてたが、
今日黒部は、久しぶりにまあまあすっきりした日でした。
ん~気持ち良かった

新川牧場より
新川牧場より①-110524   新川牧場より②-110524   新川牧場付近より-110524
 僕の街、黒部を見下ろす     自宅を引き寄せて見る       大谷ダム越しに富山湾
   向こう正面は氷見方面     …って誰も分からんわな       ん~静かな夕暮れだ



使わないとすぐ忘れるので、ビデオの練習もほんの少しだけしてみました。 ちっとも上手くなりません
BGMは、なつかしの岡崎友紀にしてみました (#^.^#)


※ 今日スタンドで、福井時代一緒に仕事したことのある村椿君にめちゃ久しぶりに会った。



酒場放浪記的、中新湊・はやし食堂

はやし食堂-110520
                                はやし食堂 5/21(土)午後2時半頃の様子
                    いつもは満席のこと多いと評判らしいが、この日は空いていた。
                           ・・・食べるに飲むにも、中途半端な時間やもんね

今日は休足日という事で、久しぶりにイングリッドと昼食に出かけました。僕のアウトドアのひとつ、酒場放浪記といった方が良いかもしれません。行き先は、射水市 新湊、万葉線 中新湊駅近くの、はやし食堂。食堂と名乗っているところがいい。

まずはお約束、途中道の駅新湊に寄り、白エビバーガー、自分でチンして半分個づついただく。
 道の駅新湊①-110520 道の駅新湊②-110520 道の駅新湊③-110520

それから日用消耗雑貨や食料などの買い物を済ませ、目的のはやし食堂さんへ。
 店構え-110520 店内①-110520 店内②-110520
外観は地味、というか普通の民家じゃない、という感じ。だが、一歩中に踏み入ると、ケースがあり、
一見ここ寿司屋さん?て思わせるし、清潔感がある。 隠れ家的な感じに満足

 ご主人と奥さん-110520  名物①-110520名物②-110520営業時間-110520
ご主人とおかみさんの似顔絵があった。良く似ている…おかみさん実物はもっとチャーミングです。
名物料理の紹介もあるが、ケースん中の一品ものだけ見てもどれも美味そう
「うちは珍味が主体やからね~ どれも美味いよ」とご主人。さすがこの道一筋50年だ。
また、さすが港町、真昼間から堂々と呑めるこの店の営業時間、雰囲気がうれしい。まずはから。

 料理①-110520 料理②-110520 料理③-110520
今日いただいた料理の数々。活きもいいししっかりした味付けでどれも美味い。鍋の頃にはに。
この日高岡の最高気温は30.7度を記録。今年初の真夏日となったが、でもこの鍋は美味かった。

         料理④-110520   シロエビ天丼食す-110520
         シロエビ天丼、サクッサク    美味しくいただきました
         おつゆでしめる。このおつゆいつまでも冷めないのには驚いた。
         麺類、ご飯もの等の食事メニューもしっかりしていた。

カウンター8席、1階奥に小座敷、2階に宴会場を備えていた。“食堂”を名乗るには、糸魚川近辺には今でもある、昔ながらの安価な4人掛けテーブルにパイプ椅子など備えてて欲しいところだが、それはない。そういう意味じゃ入っての印象は清潔感・料理屋の香が漂う。ご主人がそのお母さんと店始めて半世紀という、その長い料理人人生に裏付けされたしっかりした逸品に箸のばしながら、一人でふらっと来て飲んでも、呑めば誰でも友達って雰囲気の中で、心地良い時間の流れに身をおける一店かも知れない。四季折々それぞれの良さがあるのだろうが、雪深い寒い冬にまた訪れてみたい店だ。

はやし食堂さんの駐車場は、新湊タクシーさんのとこにありました。
4台停めれますし、満車なら親切なおかみさんが近くに案内して下さると思います。
・・・もちろん飲酒運転はいけませんよ。
 駐車場-110520



開放的な装置なのに僕の心は閉塞感

MRI装置-110520
                                   こんな様な装置だった(ネットより)

今日黒部市民病院に、予約入れてあったMRI検査に行きました。
病院服に着替え、担当者から検査の注意事項・説明を受け、台に乗り、では始めましょう。 

検査部位であるひざ下両足を軽く固定され、
ヘッドフォンつけ…これ気持ち程度の効果らしい、
そして台が上昇し、装置に入りかけた。
その時でした。やはり動悸急激に高まり、
自分で自分の心コントーロル不能に、、、
何も考えられない。。。パニック状況に突入。。。
つまり・・・・・・・・・MRI、やっぱりダメでした。


こうして緊張の23分間は終了した。たまちゃん先生ごめんなさい。 また、
やさしい検査担当の方であったのが救いでした。世話かけお騒がせしすみませんでした。

いつ発症したのか定かではないが、閉所恐怖症でありパニック障害な自分は、遠出の際、夜行バスに乗れない。乗用車では助手席か運転席以外には座れない。また、立山室堂に行く時あの高原バスが満員御礼の時は後方にはもう座れなくなった。電車が主な移動手段な都会にもし住んでたら、朝夕・ラッシュな時間帯はもちろん電車にはまず乗れないと思います、田舎で良かった(笑)。 自分でも何が原因なのか分からないのですが、ガラス割ってでも出たい・その場から脱出したいという衝動に強く駆られるのです。また、先日のニュージーランドや東日本大震災の時の様にがれきの下に閉じ込められたら、僕は生きる道があったとしても30分ともたないと思います。想像しただけでぞっとします。

MRI検査、思えば、結婚して間もない頃だから20年ちょっと前位だろうか・・・会社の健康診断で要精検が出て何の気なしに臨んだのが最初で、今回が4度め。これで4戦全敗。一度もきちんと受けていない、と言うか、検査始まりすぐにボタン押して解放してもらっている。ボタン押してから解放されるまでのほんのわずかな時間が一番パニくる。今回久しぶりにトライしてみて、装置は昔に比べかなり開放的になっていました。にも関わらず、僕の病気が進行してる様で、見えない恐怖に、全くダメでした。胃カメラは眠らせてくれて受けれると聞くがMRIもそうならないものだろうか。 あれこれ言ってみてもそんな自分が、今情けなくて空しくて閉塞感&少し自己嫌悪です。
どなたか同じ悩み抱える方、おられないでしょうか。 気持ち共鳴(アレッ)できる仲間求むです

一番大事な足の具合いのこと、どうしよう・・・



児玉清さん逝く



俳優であり、アタック25の司会者であった、児玉清さんが5/16に亡くなられた。享年77歳。

クイズダービーでおなじみの篠沢教授との学生時代の出会いは、役者人生に入るきっかけになったとか。僕は、ここのとこどうしても博多華丸・大吉さんのモノマネから入り込む印象が強かったし、個人的には、ちょっと怖そうなおじさんというイメージだったのですが、名を成した上に、なかなか良い人でもあった様です。記憶に生き続ける児玉清さん。この動画観てるだけでも楽しい。華丸さんにはこれからもモノマネを続けてほしいと思います。

「人ひとり、その人にその人の人生あり」 ご冥福をお祈り致します。