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Author:シュンちゃん
シュンちゃんのブログにようこそ。還暦近し私の人生。いろいろあるけれど、一方通行、リピートできない人生という旅は一度っきり、自分らしく駆け抜けたい、そう思っています(^^♪

若い頃ふれた歌や映画やドラマが好きです。またやがて徘徊老人になった時、嫌われても化けてでもおうちに戻って来れる様にと、風吹く稜線目指し、山を歩くようにもしています。冬はスキー山行が多いですが^^;

また「衣食住」などと云いますが、取分け食べる事って別格! 生きてく上で&健康に切って切り離せない。覚えようとか人より上手くなりたいと云う事からではないのですが、料理も都度やるようにしています(#^.^#) いつ独りになるか分からんし。

その日その時々、思ったこと感じたこと、心に浮かんだ歌や映画やドラマ、そして出かけた山のことなどを、書きたくなった時、気持ちが動いた時に書いています。文章や写真は随時変更したり削除したりもします。なので適当に読み流してください。

       since 2008.8.28 



広島行 ・・・寺ちゃん結婚披露宴編
 
  寺ちゃん披露宴後に-1200
                       ANA CROWNE PLAZA HOTEL 広島  2009/11/28(土)


寺ちゃんが結婚した。
えっ寺ちゃんちゃー誰けー?だね。すいません、それは、今世紀に入ったちょうどその年、朝日小屋でバイトしていた広島出身の男である。控えめで気持ちのいい男である。俗に言う「いじられキャラ」的な一面も持つ。が、当時小屋の手伝いで困惑するシーンがあった自分に、彼はいつもさりげなくそっとアドバイスをくれた、助かったのよ。今も感謝している。若いがハートのある男だった(もち今も)。そしてそのハートは管理人清水さんによってさらに磨きがかかったものと思う。山行としては、いつだったか。。。yamanoutaさんと3人で、日本海の塩水に身を清め、ロングなあの栂海新道でかい荷物背負い登り、朝日小屋の小屋閉めに入ったこと思い出す。

また、ちょっと天然系(寺ちゃんごめん!)だが、その頭脳は明晰「都の西北」の出である。その辺のアンバランスさも彼の魅力だと思う。その寺ちゃんが、結婚したわけよ。っで、定期便の様に富山に来てくれる彼(・・・たぶんこの8年で25回以上足を運んでくれているのではないだろうか)に、今お返ししなきゃーとの想い、日頃の気持ちを行動で示さねばとの思い、なんて。。。。まぁ早い話し簡単な話しが彼に会いたくての広島入りだったのです。

いつもは富山というAwayな彼の、ここ広島Homeでの顔を初めて見た
人生の大舞台にあっても、結構余裕やん。「広島じゃけん!」だろうか、いい顔しとるわい
おいらの方が・・・誰も見とらんがに。。。緊張してたみたい
余裕の寺ちゃん550ta


今回、富山からは披露宴に、朝日小屋管理人清水さん、当時の小屋の番頭で現在富山県警山岳警備隊員としてがんばっている哲也夫妻が招かれていたのだが、ぼくら3人はお抱え運転手宜しく、“かけつけ隊”として宴(・・・僕らの本番は二次会ですが)に立ち会いました。
“かけつけ組”寺ちゃん夫妻と①-1120 “かけつけ組”寺ちゃん夫妻と②-1120

新婦一家のはじけた感じは、ここ富山と違う風土習慣なのだろうか。かなり、マグロマグロ、ブリブリ、・・・じゃなくて、そう、サバサバしたご家族だった。親御さんより自分の方が老けてるんやなかろうかと、内心ちょっと焦ったり。そして明るくドカンと落着きのある新婦と慎重派の寺ちゃんって、いいペアリングじゃない、と思った。神様は上手いこと引き合わせるもんだね。ほな二次会へ、であります。

寺ちゃん夫妻の乾杯でゴ~ング
奥さんのノリもなかなか、いいキャラしてるねー
二次会のゴング鳴る-550ta
蛇足ながら、奥様英里子さんは「陸の王者」の出であるとのこと
ありゃりゃ、人生を賭けた早慶戦が今正に始まったのだ、などとも思った。

会場は貸切り、たくさんテーブルあったが、僕らの一角は「富山村」だった。ここが広島であるという事を除けば、それ位小屋で飲んでるのか、笹川で飲んでるのか・・・いつもと変わりなき空間だった。

と、こうして見るとモンベルに勤務し東京から来た“じっきー”結構酔ってるやん。超天然な彼女、皆の追及に会い、結果大ネタ提供(何)。不思議な雰囲気持ってる彼女だが、変わらずきゃわゆいヤツだった。そしてさやかは披露宴中新婦のお父様にマジぽく口説かれたらしい。ほしたら哲也はいったいどーすりゃいいがけ~。TPOからすれば意味不明だが、すんげーパワーある父君ですね。そして嫁を危うく取られそうになった哲也は、持ち前の社交性とファジーさ(失敬)を大いに生かし、場を盛り上げていた。
二次会朝日組-1120





改めて、寺ちゃん  結婚おめでとう!

今回の華燭の典に際しては、お祝いのことばが北アのふもとから何本も来ていた様ですね
朝日小屋、北アのみんなが、寺ちゃんに毎年会えることを、本当に楽しみにしています
所帯持ち、機会が減ることは致し方ないのかもですが、奥様共々また遊びに来てやってください。

そして、月並みではありますが、二人力合わせて、幸せを探し続けてください
自分も同じ歳の、やはり同じ秋に結婚しました。結婚生活を続ける一先輩として
こういう時いつも決まって思うのですが ・・・・ これからが本当の愛なのかもしれない。




ぼくがつくった愛のうた
  
  
                            '74 チューリップ ぼくがつくった愛のうた


チューリップの初期で好きなうたのひとつです
シングルとアルバムが同時に同名発売された楽曲である。
今の歌がよー分からんということもあり、たまに妙に聞きたくなる。
また、昔は「とっしょりの歌やなー」と感じてた歌が、
とても心地好く、そして深く心に沁みることが最近ある
歌って、人って、不思議なものですね。

この歌、ちょっと見ぬる~い感じもするが、人生を詠い上げている。そこにそそられる。
そして「サボテンの花」と共に、おいらのお気に入りカラオケでもあります(^^♪



11月の立山行
  
  二ノ越上から一ノ越を見る-550ta
                                二ノ越と三ノ越の間から一ノ越を見る
                 ・・・カラー撮影なのに白黒みたい。今日はそんな世界だった。


この所毎年出掛けてる11月の立山。この3連休はいろいろなことに縛られ山にはゆけなかった。ので今日行ってきました。後押しして下さったのは、酒呑老子氏。老子とは7年前元ちゃんを通して知り合った。そして時は流れ3年前私の40代最後の立山をご縁ありやはり11月にご一緒していただいたのだが、今回は、な、な、なんと老子が、60代最後のメモリアルだと言われるじゃない(老子ばらしてごめんなさい)、ならばとご一緒したのだ。でも老子本当は20ほど年ごまかしてるんじゃないの?と思うほど健脚だ。そして今回は奥様ともしばらくでしたが一緒させていただいた。奥様とは本当に久しぶりだった・・・うちの娘と確か名前が同じと記憶している(そんなのかんけーねぇーー 古!)。

富山の平地には積雪は無いものの、ん~やっぱ北アの山岳地帯にはあるねー。美女平出て桑谷過ぎると所々路上にも雪が現れ、一面銀世界、と言いたいが山肌は黒いとこ目立つなーでした。が、やはり新雪ってのはいいものです。心が洗われますちゃ。車窓からは、雪上散歩する人や剱岳なのか、写真撮影を楽しむ人々など、それぞれ好きな事で山を楽しんでおられ、見てるだけで癒された。

室堂に着き、青空広がる中、出立。今の時期は新雪目当てのスキーヤー、ボーダーが幅を効かせる。“山歩き”というスタイルがここでは春以上にレアな人種になるのだ。私は今日は雄山山頂を足で行き来する登山者でした。スキー持ち込んでも良かったのだが、メモリアル山行ゆえ足並み揃えたのだ。大人ジャン。そして、コース異なる老子の奥様とは室堂山荘横でしばしのお別れとなりました。
高原道路の様子-1120   車窓より-1120   酒呑老子夫妻室堂にて-550ta
       高原道路の様子                車窓より        酒呑老子夫妻

さて、老子とおいら一ノ越に向かいます。3連休にはほとんど雪降ってないはずなのに、時折ごぼります。なんで?と観察してたのですが( ・・・誰ですか?あんた重たいからやにか、って言ってるのは。違うが。)、強風で雪が舞いそれが吹き溜まるのです。流石3000m級。短時間でトレースをあっと言う間に消しちまい、視界が無ければルートを簡単に見失うでしょう、気をつけましょう。体力も結構消耗させます。

一ノ越に到着。この頃にはおひさまは何処へやら・・すっかりしっかり曇り空。ここでアイゼン付け、防寒対策と腹を仕切り直し、雄山山頂を目指します。山頂直下で、好山病のnちゃんと○山会のkj女史にお会いした。お二人共場所が場所、行き交う者同士だけに、再会をゆっくりとという訳にはいかなかったが、気持ち的には原稿用紙2/3位はお話しできたかな、という感じ。お二人とも、健脚で山への想い変わらず、という感じが静かながらじゅわ~っと伝わってきて、ますます好感度アップだった。

立山(雄山)山頂に到着。老子をお待たせしていた。社務所前にシャルターがあった。先行者が作られたものとのこと。ありがたく使わせてもらう。一人下山され誰も居なくなった山頂でふたりで登頂を喜び、立ったまましばしの休憩。あったかいもので体温め、程なく下山に入った。
雄山に向かう-550ta   凍える雄山神社-1120   老子と-900
一ノ越から山頂に向かう   雄山神社はさぶそうだった             老子と記念に


今年も11月の立山の頂に立ち、そして無事に帰り来ることができた。まだお会いすることがあるやとも思うが、酒呑老子ご夫妻との静かな忘年山行を楽しむことができた。ある程度ゆっくり話しもできた。いい時をスケール大きな山に抱かれ過ごすことができた。また、今立山行で、今シーズン初めて、スノーシュー、アイゼン(12本)、ピッケルという道具を装備した。いわゆる雪山装備である。そしてその感覚を確かめた。使い慣れたもう古びたと言ってもいい間柄の道具たちに、足の疲れ方(部位場所)が無雪期とは違うことを今日も感じた。毎年ながらシーズンインにその感覚を確かめるのだが、どうも毎年忘れているようです。

立山アルペンルートは今月末で今シーズンも営業を終える。山小屋も一部を除き営業を終え越冬モード。雪が全く無く好天だった2000年11/4ってのもあったが、大体が雪に覆われ静寂に包まれる11月の立山。初冬の、一ノ越から上の強風にヤと言うほど叩かれ、身も心もシャキッとするにはいい山行である。 こうして、今年も僕の冬山は始まった。


よしだみわ
  
  
                       '95 LOVE LOVE LOVE  DREAMS COME TRUE 


お気に入りのボーカリストの一人に吉田美和がいる。吉田という苗字は芸能界のみならずJapanにはたくさんある訳ですが、大阪の吉田の典ちゃんも懐かしい(しゃー誰けーおっちゃ~んだね)・・が、今宵は“よしだみわ”その人なのである。北海道出身、イングリッドと同い歳の彼女、以前3人だったドリカムのボーカルである。画像の頭は、某国の喜び組みたいなインプレッション、まぁ、気にせんといて下さい。とってもいいんだから

尾崎豊と同じ、このシャバの複雑でややこしい人間関係、社会の常識というヤツにどんだけ馴染めるのか、それは大いに疑問だが、彼女の歌声には、魂、心の深い部分に響く、歌唱力を超えた表現力・魅力、芸術性があるとオラは思うのです。この楽曲自らが作詞しただけあって、切ない気持ちがより感じられていい。


なつかしの山、不連続シリーズ
  
  白鳥山'97夏
                                           白鳥山 1997年8月3日


長い方は三連休。中日の今日みなさんいかがお過ごしだったでしょう。思ったより天気良く(富山の事)、山に出かけられた方も多かったのではないでしょうか。野暮用あり出かけたり、やらなければいけない事があったりで、おいらは“いいふうふ”などとは縁遠い、沈殿日でありました。

さて、先日町内の方々との山歩きを書いたのですが、懐かしい写真があったのでアップ。その会のメンバーに初めて誘われ歩いた白鳥山での集合写真です。お世話になった懐かしい顔顔。自分がシャッター切ったので私は写っていない。ザックだけ写りこんでしまっている。時は前世紀、ちょうど12年前やはり丑年の年の夏のことだった。そして良く似てますが、小屋は今の小屋ではなく前のもの・・・翌98年に焼失している・・・思うにとても良く似てるのは、コンクリートの基礎をほぼそのまま使用したからではなかろうか。

山といえば単独行年に3,4回程。ほとんど人と一緒に山を歩いたこと無かった。そんな自分を見てか町内の人に「おまえちょっと痩せんにゃいかんやろー」と誘っていただき出かけた白鳥山だった。まだまだ「山歩きの体」ではなかった(←おまえ今もそうやろって聞こえてきそうですが)。そして、スタートからいきなりイケイケで、結構なハイペースだったと記憶している。

で、最初の金時坂半ばでもう酸欠に陥り、つ、ついにもどしそうになった正にその時、後ろ歩いてたたいこさん(誰)がゲーーーーっとあげられた。。。。。。隊は止まった。休憩できた。「助かった~~」と思った瞬間だった。たいこさんが女神様に見えた。そして自分は大汗かきながらも平静を装うのに全力を注いだわけよ。今だ彼女に会うと「女に恥かかせてー」と怒られる。たいこさん、この場を借りあの時の御礼を申し上げます・・・ってこのブログ見ておられないものと思いますが。そしてたいこ女史がどの人かは名誉の為にもちろん伏せておこう。

この白鳥山を機に「我が心山にあり」を地で行く山神様詣でに足繁く通うことになる。くらしの中で山が脇役から主役に変わった。そしてその後山を通して多くの人と知り合い、交流を持つことになる。単独行には単独行ならではの良さがあるものの、「山を想えば人恋し」もまた良し。ありがたいことである。そして一期一会はロマンチックだが、巡り会え共に山を語れるご縁は大切な宝物、財産となった。あーあれから12年、この写真を見る時みんな一回り12も歳とったんだなーとの想いにふけるのである。


さて、今日は大河ドラマ「天地人」の最終回
大局からすれば視聴率あまり良くない様ですが
ずっと観てきた集大成、おいらにとっては必見なのであります。



孫ができた?
  
  キョン-500ta
                   “キョン”です。こう見えてもわたし女の子よ、よろしくね~  


突然インパクトある写真で驚かれたでしょう。孫と言っても人ではない、次男の連れ子?なのでつまりはそう言う家系図、位置づけとなる。そして、どうみても見てくれはかわいくない。手足はとてもスラッと長くスタイル抜群、スーパーモデルぽいんだけれど、顔がチト怖いのよ。何者にも媚びないいいツラしてる。おいら毛アレルギーだから・・・・と敬遠していた、例のキョン。このところ時たま仕事場に遊びに来ます。キーの上に手を乗せるのはご遠慮願いたいものだが、赤ちゃんみたいで可愛いのでついつい許しちゃうのよね


で、仕事から帰り、yamanoutaさんの真似して一杯、晩酌タ~イム
yamanoutaさん、遅ればせながら、かんぱ~いであります。
そろそろ飲りましょか-500ta 静岡おでん缶詰版-700 じゃれるキョン-850
 晩酌タイムだ      静岡おでん            もらえないので、あばれる
                  なかなかうまいじゃー     にゃんともきゃわゆいじゃないか
                                     これがホントの「猫かわいがり」

今日のアテは缶詰、好きなマルハの「いか里芋煮」と「静岡おでん」
静岡おでんは、山友ikumiが送ってくれたものだが、寒くなるまでは・・・とずっと封印我慢していた。
そして、最近缶詰というのはすっかり市民権を得た感あり。いろんなのが出てますね。
リーズナブルだし、スーパーで衝動買いしても賞味期限がとてつもなく長いのがまたいいのよ。
そして、一押しのマルハの「いか里芋煮」はもちろん、「静岡おでん」缶詰版もなかなかgood!でした。
缶詰の缶もずいぶん開け易くなったものだが、要注意。空けたフタについてる汁を先にさらっちまおうと舐めて、過去3度舌を切っている(もっとかも)。痛いのよね~あれって。続けてその中身食べたいのに、なかなか舌の血ーって止まらんし カットバン貼る訳にもいかんしで、死ぬこたぁないけどほとほと困るのよ。上品な皆さんはその様なこと無いと思うのですが、野に下るその節はお気をつけ下さい。

と、台所では、イングリッドが、かぼちゃのてんぷらに玉葱のてんぷら揚げてます。これまたおいらの好物、美味そう・・・ でもこどもらの世話で忙しそうで心は何処?のイングリッドに「オラのこたぁこれからおら自分でするわよー」と、昼間啖呵きったばかり、タイミングが悪い。今尻尾振るわけにはいかない。でも食べたいなぁー。おっとそれはいけません。じっと横目に見ながら酒の燗をし台所を後にした。そして、食欲とダイエットの狭間で悩む夜がまた今日も始まったのだ
そんなこんなで、四畳半、靴も脱げないおいらの番犬部屋の夜はこうして更けてゆくのでした。



馬場島に越冬物資入る
 
  越冬物資入る-600ta  
                           11/21(土) 地元紙北日本新聞朝刊より


11/20(金)、剱岳早月尾根ルートの前線基地である
上市町伊折の馬場島警備派出所に越冬物資が運び入れられました
このニュースを見聞きすると、剱岳も本格的に冬支度かと思う
岩と雪の殿堂「剱岳」は、より限られた一部の岳人たちの銀色のシーズンに入った
出動要請出なく、事故無く、平和に冬山登山が終われば、とも思います。


いつの事だったかと、この所よく忘れるので、備忘録的にアップです。
まぁそれにしても、構図と言い登場人物と言い昨年と似かよった写真に変に感動
頼んだかの様に知り合いが写る  たっしゃそうな姿が見れ、うれしい。


シェリー
  
  
                                    シェリー 作詞・作曲 尾崎豊

今宵紹介は、尾崎の楽曲を一つ年下の中村あゆみがカバーする「シェリー」
尾崎本人が歌う、迫りくる張り詰めた緊張感には、チト及ばないが、
中村あゆみがちょっと気になると、これ映像がとてもきれいなので紹介です。
見れんかったなら、こっちでどうぞ。見れるかもです。


「卒業」「十五の夜」「僕が僕であるために」「I LOVE YOU」 などなど・・・
多くのメッセージソングこの世に残し、尾崎豊は26才という若さでこの世を去った。
時は20世紀 '92年の春。多くの若者の支持を得たまま突然逝った。その彼の存在は
一ミュージシャンと言う、通り一遍のことばで片付けられるものではなく、
いわゆるカリスマ、宗教の教祖様の域に達していたと間違いなく言える。

迷える若者の心の内側、社会とのかかわりを描いたものは、特に支持された
その歌声・メッセージは純粋で正直、一点の曇りも無く、ストレートに心に響く
だからこそ、彼の作品・歌声は時を経ても色褪せないのだろうが、
それ故、“このシャバ”では、きっと彼は生きにくかっただろうとも思う。
みなさんそれぞれに、好きな歌があるのではないでしょうか。

それにしても、あゆみ姉さん、かっこ良すぎるじゃん
・・・と言ってもおいらよりずっと若いのですが。
最近お気に入り、気になる歌い手の一人である。
そして、川井郁子のヴァイオリンの音色とも、妙にマッチしている。


別れのサンバ
  
  
                                 別れのサンバ '69 長谷川きよし


長谷川きよしというと、これと ♪男と女の間には~ と始まる「黒の舟唄」しか知らないのだが、たったこの2曲で、40年前の彼の容姿・歌声今も鮮やかに憶えているから不思議。そしてちあきなおみ同様、なんじゃこれ~ こんなん見たないわー 聞きた~ないわー と 思とったんね、当時ははっきりと。今思うとガキのガキたる所以、だからこそ子供らしくかわいかったというわけか 
今こうして聞くと、なかなかいいやん。しっとりとしてて深い。やっぱ大人の歌ですね

この歌の5年前、昭和39年は新幹線開通(東海道)に東京オリンピック開催。世の中は沸いた。
が、ある意味その昇天してしまった疲れからなのか、40年代、経済は行き先を見失った怪しいそんなベクトル的成長期であったが、若者も、無関心な自由に浸り、一部には閉塞感も漂う、そんな時代だったのだろうか。テレビ(4本足の)の普及と共に、街に歌謡曲があふれ出した時代でもあった。

話しがそれました。で、この映像楽曲についてですが、ギターテクはもち文句なし、そして歌も上手いと思うのですが、何よりすごいと思ったのが後ろのパーカス。女性の見事な開脚じゃなくて(・・・も見てて気持ちいい位だが)、一定に刻むそのリズムの、正確さ、力強さ、そして美しさ。すばらしい。


ただ、朝とか午前中より、と言うか、暗くなってから聞くのがこの歌は似合うと思います。



“撮影の記” 後らーめん・・・結婚20周年第二弾
  
  撮影の記会場-950
                        舞台挨拶される 大澤監督と主演?!木村大作氏


今日はイングリッドと、ファボーレに「剱岳 撮影の記」を観に行ってきた。この6月に封切られ、山岳映画としては珍しく成功を収めた「剱岳 点の記」のいわゆるメイキング版である・・山を舞台にした映画自体少ないが。そして今日は主演?の木村大作氏と大澤監督が舞台挨拶されると言うことで、大きな雨の予報に後押しされ(笑)事前にネットで席押さえ出かけました。そして天気も味方してくれた

2度見た映像のとてもきれいだった“点の記”の裏側を今回垣間見ることができた。
剱岳界隈で、長期に渡り、重荷を担いで歩き、目的地に着いたら機材・撮影の準備をし、そして映像を撮ると言う、この事の難しさは、山を歩く者としてイメージとしては分かっているつもりだったが、登山経験のない(少ない)役者、スタッフの大変さ苦労が伝わってきました。また、長期に渡る山歩きの為、ひざに水がたまり最後の山頂ロケに行けなくなった役者が出、シナリオもその事実を受けその通りに変更された(スタッフも削減された)という経緯も知った。中村トオルは「ここまでやってきた仲間だから様子を見てできれば一緒に山頂に立ちたい」と言っていた。もうりっぱな山仲間だと思った。この撮影に携わったみんなが「映画人であり同時に岳人」に・・・俄かかも知れないがこの映画でなったのだ。また別山の斜面で大きな事故があった際、一旦撮影隊全隊が山から撤収10日程東京に戻ったものの、ご家族から「この映画は必ず撮り終えて下さい」との言葉があったとも。

別山尾根から、早月尾根から、長次郎谷から、北方稜線から・・・etc.etc.
いくつものルートを歩くことにより、剱岳はより一層立体的に見えてくる
“点の記”は、“撮影の記”を観る事により、その感動や3倍5倍に膨らむ
メイキングそのものが、すばらしいよくできたドキュメンタリー映画であった。
そして、ともすれば木村大作監督その人がメインキャストより目立ちがちな映画「点の記」だが、僕は、その影で苦労を厭わず「撮影の記」を撮り続けた大澤監督と会場出口で握手できたことが今日は殊の外嬉しかった。人には「役割」があると改めて思った。人生「表」で力を発揮する人と、いわゆる「裏方」で力を発揮する人がいるということです。


もたもたもしてないのに昼ごはんには相当遅い時間になった。まぁこの歳んなると腹もそんなにへらんのですが。が、がである。今日は「結婚20年イベントお出かけ」でもあった。寒がりのイングリッドがおでん食べたいという。遅いとは言えまだ明るいのにどないしょーだった。で、おでんのある、まるたかやで遅い昼食とした。らーめん屋さんである(北ちゃんごめん)。そしてこの「まるたかや」と言うと富山市内にも幾店もあるが、おいらはこの新庄店がいっちゃん好きです。同じのれん下げてても、その味は微妙以上に違います。
富山標準のがんもってやっぱこれ、しょぼい・・・じゃなくてあっさりがっちり豆腐系だね
おでんと串-750 がんも拡大-750 まるたかやのらーめん-750



今宵今から、楽しみにしていたTV「歌伝説ちあきなおみ・ふたたび」観ながら 一杯飲ろう。