旅のしおり
プロフィール

Author:シュンちゃん
還暦。思えば遠くに来たもんだ。人の命はいつか必ず果てる。生きる軸足である山のほか、本にしおり挟むよに、趣くまま時折生きし証ここにつづる。齢ゆく者のボケ防止備忘録ブログです。適当におつきあいください。
   since 2008(H20) 8.28 



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広島行 ・・・寺ちゃん結婚披露宴編
 
  寺ちゃん披露宴後に-1200
                       ANA CROWNE PLAZA HOTEL 広島  2009/11/28(土)


寺ちゃんが結婚した。
えっ寺ちゃんちゃー誰けー?だね。すいません、それは、今世紀に入ったちょうどその年、朝日小屋でバイトしていた広島出身の男である。控えめで気持ちのいい男である。俗に言う「いじられキャラ」的な一面も持つ。が、当時小屋の手伝いで困惑するシーンがあった自分に、彼はいつもさりげなくそっとアドバイスをくれた、助かったのよ。今も感謝している。若いがハートのある男だった(もち今も)。そしてそのハートは管理人清水さんによってさらに磨きがかかったものと思う。山行としては、いつだったか。。。yamanoutaさんと3人で、日本海の塩水に身を清め、ロングなあの栂海新道でかい荷物背負い登り、朝日小屋の小屋閉めに入ったこと思い出す。

また、ちょっと天然系(寺ちゃんごめん!)だが、その頭脳は明晰「都の西北」の出である。その辺のアンバランスさも彼の魅力だと思う。その寺ちゃんが、結婚したわけよ。っで、定期便の様に富山に来てくれる彼(・・・たぶんこの8年で25回以上足を運んでくれているのではないだろうか)に、今お返ししなきゃーとの想い、日頃の気持ちを行動で示さねばとの思い、なんて。。。。まぁ早い話し簡単な話しが彼に会いたくての広島入りだったのです。

いつもは富山というAwayな彼の、ここ広島Homeでの顔を初めて見た
人生の大舞台にあっても、結構余裕やん。「広島じゃけん!」だろうか、いい顔しとるわい
おいらの方が・・・誰も見とらんがに。。。緊張してたみたい
余裕の寺ちゃん550ta


今回、富山からは披露宴に、朝日小屋管理人清水さん、当時の小屋の番頭で現在富山県警山岳警備隊員としてがんばっている哲也夫妻が招かれていたのだが、ぼくら3人はお抱え運転手宜しく、“かけつけ隊”として宴(・・・僕らの本番は二次会ですが)に立ち会いました。
“かけつけ組”寺ちゃん夫妻と①-1120 “かけつけ組”寺ちゃん夫妻と②-1120

新婦一家のはじけた感じは、ここ富山と違う風土習慣なのだろうか。かなり、マグロマグロ、ブリブリ、・・・じゃなくて、そう、サバサバしたご家族だった。親御さんより自分の方が老けてるんやなかろうかと、内心ちょっと焦ったり。そして明るくドカンと落着きのある新婦と慎重派の寺ちゃんって、いいペアリングじゃない、と思った。神様は上手いこと引き合わせるもんだね。ほな二次会へ、であります。

寺ちゃん夫妻の乾杯でゴ~ング
奥さんのノリもなかなか、いいキャラしてるねー
二次会のゴング鳴る-550ta
蛇足ながら、奥様英里子さんは「陸の王者」の出であるとのこと
ありゃりゃ、人生を賭けた早慶戦が今正に始まったのだ、などとも思った。

会場は貸切り、たくさんテーブルあったが、僕らの一角は「富山村」だった。ここが広島であるという事を除けば、それ位小屋で飲んでるのか、笹川で飲んでるのか・・・いつもと変わりなき空間だった。

と、こうして見るとモンベルに勤務し東京から来た“じっきー”結構酔ってるやん。超天然な彼女、皆の追及に会い、結果大ネタ提供(何)。不思議な雰囲気持ってる彼女だが、変わらずきゃわゆいヤツだった。そしてさやかは披露宴中新婦のお父様にマジぽく口説かれたらしい。ほしたら哲也はいったいどーすりゃいいがけ~。TPOからすれば意味不明だが、すんげーパワーある父君ですね。そして嫁を危うく取られそうになった哲也は、持ち前の社交性とファジーさ(失敬)を大いに生かし、場を盛り上げていた。
二次会朝日組-1120





改めて、寺ちゃん  結婚おめでとう!

今回の華燭の典に際しては、お祝いのことばが北アのふもとから何本も来ていた様ですね
朝日小屋、北アのみんなが、寺ちゃんに毎年会えることを、本当に楽しみにしています
所帯持ち、機会が減ることは致し方ないのかもですが、奥様共々また遊びに来てやってください。

そして、月並みではありますが、二人力合わせて、幸せを探し続けてください
自分も同じ歳の、やはり同じ秋に結婚しました。結婚生活を続ける一先輩として
こういう時いつも決まって思うのですが ・・・・ これからが本当の愛なのかもしれない。




11月の立山行
  
  二ノ越上から一ノ越を見る-550ta
                                二ノ越と三ノ越の間から一ノ越を見る
                 ・・・カラー撮影なのに白黒みたい。今日はそんな世界だった。


この所毎年出掛けてる11月の立山。この3連休はいろいろなことに縛られ山にはゆけなかった。ので今日行ってきました。後押しして下さったのは、酒呑老子氏。老子とは7年前元ちゃんを通して知り合った。そして時は流れ3年前私の40代最後の立山をご縁ありやはり11月にご一緒していただいたのだが、今回は、な、な、なんと老子が、60代最後のメモリアルだと言われるじゃない(老子ばらしてごめんなさい)、ならばとご一緒したのだ。でも老子本当は20ほど年ごまかしてるんじゃないの?と思うほど健脚だ。そして今回は奥様ともしばらくでしたが一緒させていただいた。奥様とは本当に久しぶりだった・・・うちの娘と確か名前が同じと記憶している(そんなのかんけーねぇーー 古!)。

富山の平地には積雪は無いものの、ん~やっぱ北アの山岳地帯にはあるねー。美女平出て桑谷過ぎると所々路上にも雪が現れ、一面銀世界、と言いたいが山肌は黒いとこ目立つなーでした。が、やはり新雪ってのはいいものです。心が洗われますちゃ。車窓からは、雪上散歩する人や剱岳なのか、写真撮影を楽しむ人々など、それぞれ好きな事で山を楽しんでおられ、見てるだけで癒された。

室堂に着き、青空広がる中、出立。今の時期は新雪目当てのスキーヤー、ボーダーが幅を効かせる。“山歩き”というスタイルがここでは春以上にレアな人種になるのだ。私は今日は雄山山頂を足で行き来する登山者でした。スキー持ち込んでも良かったのだが、メモリアル山行ゆえ足並み揃えたのだ。大人ジャン。そして、コース異なる老子の奥様とは室堂山荘横でしばしのお別れとなりました。
高原道路の様子-1120   車窓より-1120   酒呑老子夫妻室堂にて-550ta
       高原道路の様子                車窓より        酒呑老子夫妻

さて、老子とおいら一ノ越に向かいます。3連休にはほとんど雪降ってないはずなのに、時折ごぼります。なんで?と観察してたのですが( ・・・誰ですか?あんた重たいからやにか、って言ってるのは。違うが。)、強風で雪が舞いそれが吹き溜まるのです。流石3000m級。短時間でトレースをあっと言う間に消しちまい、視界が無ければルートを簡単に見失うでしょう、気をつけましょう。体力も結構消耗させます。

一ノ越に到着。この頃にはおひさまは何処へやら・・すっかりしっかり曇り空。ここでアイゼン付け、防寒対策と腹を仕切り直し、雄山山頂を目指します。山頂直下で、好山病のnちゃんと○山会のkj女史にお会いした。お二人共場所が場所、行き交う者同士だけに、再会をゆっくりとという訳にはいかなかったが、気持ち的には原稿用紙2/3位はお話しできたかな、という感じ。お二人とも、健脚で山への想い変わらず、という感じが静かながらじゅわ~っと伝わってきて、ますます好感度アップだった。

立山(雄山)山頂に到着。老子をお待たせしていた。社務所前にシャルターがあった。先行者が作られたものとのこと。ありがたく使わせてもらう。一人下山され誰も居なくなった山頂でふたりで登頂を喜び、立ったまましばしの休憩。あったかいもので体温め、程なく下山に入った。
雄山に向かう-550ta   凍える雄山神社-1120   老子と-900
一ノ越から山頂に向かう   雄山神社はさぶそうだった             老子と記念に


今年も11月の立山の頂に立ち、そして無事に帰り来ることができた。まだお会いすることがあるやとも思うが、酒呑老子ご夫妻との静かな忘年山行を楽しむことができた。ある程度ゆっくり話しもできた。いい時をスケール大きな山に抱かれ過ごすことができた。また、今立山行で、今シーズン初めて、スノーシュー、アイゼン(12本)、ピッケルという道具を装備した。いわゆる雪山装備である。そしてその感覚を確かめた。使い慣れたもう古びたと言ってもいい間柄の道具たちに、足の疲れ方(部位場所)が無雪期とは違うことを今日も感じた。毎年ながらシーズンインにその感覚を確かめるのだが、どうも毎年忘れているようです。

立山アルペンルートは今月末で今シーズンも営業を終える。山小屋も一部を除き営業を終え越冬モード。雪が全く無く好天だった2000年11/4ってのもあったが、大体が雪に覆われ静寂に包まれる11月の立山。初冬の、一ノ越から上の強風にヤと言うほど叩かれ、身も心もシャキッとするにはいい山行である。 こうして、今年も僕の冬山は始まった。


なつかしの山、不連続シリーズ
  
  白鳥山'97夏
                                           白鳥山 1997年8月3日


長い方は三連休。中日の今日みなさんいかがお過ごしだったでしょう。思ったより天気良く(富山の事)、山に出かけられた方も多かったのではないでしょうか。野暮用あり出かけたり、やらなければいけない事があったりで、おいらは“いいふうふ”などとは縁遠い、沈殿日でありました。

さて、先日町内の方々との山歩きを書いたのですが、懐かしい写真があったのでアップ。その会のメンバーに初めて誘われ歩いた白鳥山での集合写真です。お世話になった懐かしい顔顔。自分がシャッター切ったので私は写っていない。ザックだけ写りこんでしまっている。時は前世紀、ちょうど12年前やはり丑年の年の夏のことだった。そして良く似てますが、小屋は今の小屋ではなく前のもの・・・翌98年に焼失している・・・思うにとても良く似てるのは、コンクリートの基礎をほぼそのまま使用したからではなかろうか。

山といえば単独行年に3,4回程。ほとんど人と一緒に山を歩いたこと無かった。そんな自分を見てか町内の人に「おまえちょっと痩せんにゃいかんやろー」と誘っていただき出かけた白鳥山だった。まだまだ「山歩きの体」ではなかった(←おまえ今もそうやろって聞こえてきそうですが)。そして、スタートからいきなりイケイケで、結構なハイペースだったと記憶している。

で、最初の金時坂半ばでもう酸欠に陥り、つ、ついにもどしそうになった正にその時、後ろ歩いてたたいこさん(誰)がゲーーーーっとあげられた。。。。。。隊は止まった。休憩できた。「助かった~~」と思った瞬間だった。たいこさんが女神様に見えた。そして自分は大汗かきながらも平静を装うのに全力を注いだわけよ。今だ彼女に会うと「女に恥かかせてー」と怒られる。たいこさん、この場を借りあの時の御礼を申し上げます・・・ってこのブログ見ておられないものと思いますが。そしてたいこ女史がどの人かは名誉の為にもちろん伏せておこう。

この白鳥山を機に「我が心山にあり」を地で行く山神様詣でに足繁く通うことになる。くらしの中で山が脇役から主役に変わった。そしてその後山を通して多くの人と知り合い、交流を持つことになる。単独行には単独行ならではの良さがあるものの、「山を想えば人恋し」もまた良し。ありがたいことである。そして一期一会はロマンチックだが、巡り会え共に山を語れるご縁は大切な宝物、財産となった。あーあれから12年、この写真を見る時みんな一回り12も歳とったんだなーとの想いにふけるのである。


さて、今日は大河ドラマ「天地人」の最終回
大局からすれば視聴率あまり良くない様ですが
ずっと観てきた集大成、おいらにとっては必見なのであります。



馬場島に越冬物資入る
 
  越冬物資入る-600ta  
                           11/21(土) 地元紙北日本新聞朝刊より


11/20(金)、剱岳早月尾根ルートの前線基地である
上市町伊折の馬場島警備派出所に越冬物資が運び入れられました
このニュースを見聞きすると、剱岳も本格的に冬支度かと思う
岩と雪の殿堂「剱岳」は、より限られた一部の岳人たちの銀色のシーズンに入った
出動要請出なく、事故無く、平和に冬山登山が終われば、とも思います。


いつの事だったかと、この所よく忘れるので、備忘録的にアップです。
まぁそれにしても、構図と言い登場人物と言い昨年と似かよった写真に変に感動
頼んだかの様に知り合いが写る  たっしゃそうな姿が見れ、うれしい。


“撮影の記” 後らーめん・・・結婚20周年第二弾
  
  撮影の記会場-950
                        舞台挨拶される 大澤監督と主演?!木村大作氏


今日はイングリッドと、ファボーレに「剱岳 撮影の記」を観に行ってきた。この6月に封切られ、山岳映画としては珍しく成功を収めた「剱岳 点の記」のいわゆるメイキング版である・・山を舞台にした映画自体少ないが。そして今日は主演?の木村大作氏と大澤監督が舞台挨拶されると言うことで、大きな雨の予報に後押しされ(笑)事前にネットで席押さえ出かけました。そして天気も味方してくれた

2度見た映像のとてもきれいだった“点の記”の裏側を今回垣間見ることができた。
剱岳界隈で、長期に渡り、重荷を担いで歩き、目的地に着いたら機材・撮影の準備をし、そして映像を撮ると言う、この事の難しさは、山を歩く者としてイメージとしては分かっているつもりだったが、登山経験のない(少ない)役者、スタッフの大変さ苦労が伝わってきました。また、長期に渡る山歩きの為、ひざに水がたまり最後の山頂ロケに行けなくなった役者が出、シナリオもその事実を受けその通りに変更された(スタッフも削減された)という経緯も知った。中村トオルは「ここまでやってきた仲間だから様子を見てできれば一緒に山頂に立ちたい」と言っていた。もうりっぱな山仲間だと思った。この撮影に携わったみんなが「映画人であり同時に岳人」に・・・俄かかも知れないがこの映画でなったのだ。また別山の斜面で大きな事故があった際、一旦撮影隊全隊が山から撤収10日程東京に戻ったものの、ご家族から「この映画は必ず撮り終えて下さい」との言葉があったとも。

別山尾根から、早月尾根から、長次郎谷から、北方稜線から・・・etc.etc.
いくつものルートを歩くことにより、剱岳はより一層立体的に見えてくる
“点の記”は、“撮影の記”を観る事により、その感動や3倍5倍に膨らむ
メイキングそのものが、すばらしいよくできたドキュメンタリー映画であった。
そして、ともすれば木村大作監督その人がメインキャストより目立ちがちな映画「点の記」だが、僕は、その影で苦労を厭わず「撮影の記」を撮り続けた大澤監督と会場出口で握手できたことが今日は殊の外嬉しかった。人には「役割」があると改めて思った。人生「表」で力を発揮する人と、いわゆる「裏方」で力を発揮する人がいるということです。


もたもたもしてないのに昼ごはんには相当遅い時間になった。まぁこの歳んなると腹もそんなにへらんのですが。が、がである。今日は「結婚20年イベントお出かけ」でもあった。寒がりのイングリッドがおでん食べたいという。遅いとは言えまだ明るいのにどないしょーだった。で、おでんのある、まるたかやで遅い昼食とした。らーめん屋さんである(北ちゃんごめん)。そしてこの「まるたかや」と言うと富山市内にも幾店もあるが、おいらはこの新庄店がいっちゃん好きです。同じのれん下げてても、その味は微妙以上に違います。
富山標準のがんもってやっぱこれ、しょぼい・・・じゃなくてあっさりがっちり豆腐系だね
おでんと串-750 がんも拡大-750 まるたかやのらーめん-750



今宵今から、楽しみにしていたTV「歌伝説ちあきなおみ・ふたたび」観ながら 一杯飲ろう。



小さな旅 2009秋
  
  ママだ-550ta
                              おでんスナック「いわい」 2009/11/10


「小さくてもいいから一人旅に出たいなぁ」「旅の空の下に身を置き一人風に吹かれたいなぁ」という気持ちが最近心のどこからかふつふつとまた沸いてきてた。不定期に現れるおいらの持病だ そして今回その気持ちに素直に従った。行き先は県内古都高岡。新潟寄りの黒部とは反対、金沢の香りも感じる渋い街、県内2番目の人口を有する町である。「いわい」のママにもお会いしたかった。(前回は今年の7/14に訪れている)。


今回は夕暮れの古城公園散歩を楽しみながら、「いわい」に向かいました。何度来てもすばらしい公園です。イングリッドと共にこの春は花見にも訪れている。友達どおしで散歩する人、家路を急ぐ人、ジョギングする人、犬の散歩をする(犬に散歩してもらってる?)人、或いはポツンと座って何やら携帯とにらめっこしてる、そんな人々を見かけた。人間ウォッチングって結構楽しい。
古城公園Ⅰ-550ta   古城公園Ⅱ-900   利長公-550ta


ずっと公園にいる訳にもゆかず、高岡の街中年男がひとり行く。夕方からぐっと気温が下がる夕闇迫るこの頃の風は歩いてて気持ちが良い。ここ高岡という街は、昔の単身赴任先上杉のお膝元である上越にも少し似た、落ち着きのある城下町である。きょろきょろとあちこち眺めながら大和の前通過ぎ大きな表通りをひとつ渡ると、正面奥に赤い鳥居が見え「いわい」に到着した。
夕暮れの高岡-5505a   いわいに到着-500ta   ママは元気そうだった-550ta
後ろ姿っぽいママに「やってますか~ 一人だけど よろしいですか~」と声を掛けると、「え~っとととと、あら~ごぶさたでしたね~ よーこられたー」と笑顔で迎えてくれた。で、お気に入り真ん中ちょっと手前の椅子に腰掛けた。「ママは歳を取らない」・・・いつもの変わらない印象が嬉しかった。しつこいが息子さんがオラと同い歳なんよ。身なりきちんとして凛として、そして(だからか)若い。

今回の一品は、やたらでかいなーと思いながらもいただいた「がんも」。これがいいのよ。何がって。。。すんげー具がでかくて沢山。こんなの今まで見たことなかった。全国標準のそれは知らないが、富山でがんもと言うと、昆布の細いようなの(ひじき?)だけが目立ち、小~さくきざんだにんじんとシイタケが少~し、上品なのには加えてタケノコがほんの申し訳程度に入っている。つまり「ほぼ具無しに見える」というあっさりタイプが一般的。52のおっさんが何をそんな小さなことで驚いとんがよーだが、辛子と特製「ゆずみそ」でいただくと、温燗の立山と共に腹の奥まで沁みた。んまかった訳よ。
具沢山ながんも-600   ママとオラ-750
そして、常連さん方がお見えになる前に、思い切ってツーショットをおねだりしてみた(*^_^*)。


その器量(外見も中身もたいしたもんだ)と出入りする客層から、若かりし頃ママは、きっと大きな大きなお店をされておられたのでは?とお見受けするし、その様な話しを聞いたこともある。オラなぞ「お呼び出な~い」「しっしのし~」つまりその頃だったら全く相手にしてもらえなかっただろうが、今は間口一間半程のこじんまりしたこのお店に落ちついている。とは言うものの“一見さんお断り”を頑なに守る老舗の「いわい」。yamanoutaさんに初めて連れてってもらってから、年に二度ほどだが通う様になった。

今回初めてひとりで訪ねた。誰もいない、あかり灯り始めたしっとりした夕暮れ時、落ち着いた静かな会話を楽しめた。もちろんママの話は小粋でシャキシャキしてて変わらず気持ちがいい。そしてやっと「いっちょ前」の客として認めてもらえたような、今回はそんな嬉しさ・心地よさも上着に包み込み、降り出した雨の中店を後にした。

前回は車中泊だったが、今回は後に控えてた会合の後、豪華に小竹山荘泊
刺激ちゃんn子ちゃんは世話掛けました、ありがとうございました。





晩秋の中山
  
  番場島晩秋-550ta
                                           馬 場 島 晩 秋


今日は町内の山仲間と晩秋の中山(標高1255m)を歩いてきました、
私に山というものを教えてくれた、感謝すべき(頭が上がらないとも言う)先輩方との山歩きである。

さすがお手軽剱岳展望台と言われる中山、駐車場も一杯。今日は時計の反対周りにぐるりと周遊。帰り車に近いように剱岳早月尾根ルートの前線基地「試練と憧れ」前に駐車、出立。先週白く雪を見たここ馬場島、一旦そっと静かに冬支度を始めてはみたものの、この所の暖かさ、そして今日の多くの登山者に再び揺り起こされたかの様に、山は葉っぱをまた一杯一杯登山道に集めてくれ、僕らはそれにいざなわれるかの様に木漏れ日の中を行きました。
出立の頃-1120  駐車場-650  木漏れ日と落葉に誘われ-750ta


短いけれど比較的急なジグを何度となく切り、五本杉を通過、山頂に到達
早々下山された人々からの情報の通り、山頂はご覧の様な状態
僕らが滞在していた時にも、50人前後の賑わいを見せていました。
あー山を眺めに来たのか、はたまた人を見に来たのか。。。
朝日小屋応援団長我らが「まさおゆみこ」さん、そして桝天のマスター(関連日記)にお会いした
や~それにしてもピンクのまさおゆみこちゃんはどこでも目立つぜ~
山頂の様子-1120  山頂集合写真-1120  中山より剱岳-1120
                                         今日は、この秋歩いた
                                         剱岳北方稜線も見えていた

帰りは向こう側、東小糸谷を下がりました。何度歩いても、登り来た登山道とは大きく趣の異なる、何と言うか実に落ち着いたしっとりとした雰囲気のある道ですね。倒木が少ないので意識して探しもして無かったのですが、先輩が発見。期せずしてナメコと言うお土産ゲット~
東小糸谷を下がる-550ta
今日は結局登山道に雪を見ることは無かった。


無事戻り来てすぐ、お姉さんがすぐに弟さんの慰霊碑に向かわれたのが目に入った
殉職された郷康彦氏は、オラが村の出である。そしてその慰霊碑に眠る郷氏が
秋のやさしい木漏れ日と共に、僕らをそっと静かにそして温かく見守ってくれているように思えた。
関連日記
            剱岳に祈る-573ta  郷氏の慰霊碑-750
            「剱岳(やま)に祈る」の文字は、今もご健在な
            康彦氏のお母様の字なのだと、お姉さんがおっしゃった。

そうこうしててもまだ時間が早いので、地べたでコーヒーしながらクールダウン。先に逝っちまった、メンバー「しょうちゃん」の思い出話しなどしながら、しばらく日向ぼっこを楽しむ。馬場島でまったりは久しぶりだった。いい時間を過ごした。


いくら登っても切りがない、到達できない世界が 「山というもの、大きさ・すばらしさ」。今日ご一緒した先輩方もまた、僕は一生越える事はできない。いつまでも教えられることが多い。そして、私の生き方を大きく変えてくれた「山」というこの世界。それに気づかせてくれた先輩方には感謝しても、しきれない。僕の山歩きの原点はここにあるのだ、とはっきり気づかせてくれた、そんな、冬ごもり前晩秋の中山であった。



♪早く来い来い(^^♪
  
  
                                   パウダーランだ~ うっと~り


今シーズン初めての寒気の南下。昨日11/3文化の日の朝、黒部はみぞれまじりの雪が平地でもやや強く降り、車の屋根は一時白くなりました。今シーズン初めての事でした。

・・・と、なれば、早く山で滑りたいなぁ。あの浮遊感・無重力感・雪の中を泳いでいるような独特の感じ、もうわくわく。3月~5月いわゆる春山スキーにも出かけるが、やっぱり、新雪深雪パウダースキーが最高にいい。 板のチューンナップは済んでる。道具と気持ちの準備はできている、つまり後は雪だけなんよねー  昨年は11/6立山に初滑りに出かけているが、今年は天気のいい日が少し続くようなので、初滑り、まだ先の事になりそうです。

で、目で見ててだいたい分かるのですが、立山にはどん位積もったのかと、ライブカメラ見てみたら、ありゃりゃ、まだ少ないやんでした。見た目より現地に行けば雪はあるものなので、斜面(ルート)を瞬時に選べればスキーはできますが、おいらの実力では板ズタボロだにゃ~です
立山-091104午後5時半
                   今日11/4(水)午後5時半の立山の様子
                      ・・・標高2450mから3000mを見ている

うちの周りにはいらんけど、山にはフカフカの、一日も早くたんと降って欲しい。


富山に生まれ住んで「山」と出逢ってしまった。そして富山はいわずと知れたりっぱな雪国である。標高によるけど富山の山はざっくり半年雪の世界なのよ。つまり雪山に行かないってことは残された人生の半分棒に振るってこと。ならば、無雪期のみならず、雪のある時も山に行こうじゃないか。雪のない時1時間掛からない里山の頂に、7時間掛かったこともある。十分楽しめる大人の遊び場だ。そしてできれば、より童心に返って楽しめる「山スキー」という世界の扉を開けよう。その時あなたの心には、子どもの頃暗くなるまで近くの小さな雪山で無心に遊んだ、そんな自分の姿を思い起こさせる様な、懐かしくてほのぼのとした感覚・世界が浮かんでくることでしょう。