旅のしおり
プロフィール

Author:シュンちゃん
還暦。思えば遠くに来たもんだ。人の命はいつか必ず果てる。生きる軸足である山のほか、本にしおり挟むよに、趣くまま時折生きし証ここにつづる。齢ゆく者のボケ防止備忘録ブログです。適当におつきあいください。
   since 2008(H20) 8.28 



リンク

このブログをリンクに追加する



カレンダー

09 | 2009/10 | 11
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31



カテゴリ



最新記事



月別アーカイブ



Saturday Night Fever
  
  
                                '77年 映画 Saturday Night Fever


ここの所、富山はいい天気が続きます。秋晴れというヤツ
そろそろ水仕事は冷たいものの、外仕事は捗るし、風呂場も洗濯物も良く乾きます
で、おてんとさんに負けない元気のいいの、ということで、これだ。

ご存知、サタデー・ナイト・フィーバー、日本では翌 '78(昭和53)年夏に公開された
クラブ やなくて、ディスコと言った時代の話し。もち、リアルタイムで観た。
主題歌は、映画「小さな恋のメロディー(メロディーフェア)」も手掛けた、ビージーズ。
今は死語だがこの映画が創り出した “フィーバーする” ということば長く使ったなーです。

そのトラボルタももう55歳である
今は亡きあのダイアナ妃とホワイトハウスで踊った事があるというからすごい。
今こうして見ると、なんやースローモーションみたいな踊りやにかーとも見える
腰を振り片手を天にかざす、あの振り付けが脳裏から今も離れない
そして、あの妙な腰の振り、当時見てて、こちとら、とても恥ずかしかったものだが
女子の目には、どう映っていたのだろう?? ・・・今も誰にも聞けな~い
そしてそれは、後にマイケルや、日本では、サッカーのカズが真似たんでは?とも思った。

昔「サタデーナイト」今「花金」・・・えっ?それももう古いって・・・ならいつ仕事するがよだが
休みが週末一極集中型から、平日分散型へ大きく移行した時代の移り変わりは否めない。


ともあれもう何年も、こういう妖しく艶めかしい雰囲気の灯りの下には行ったことがない
そして、昔行った事があるとは言え、それは自分の場合
遠い彼方青春の頃、夢は見るものの、寂しくも切ない、そんな思い出と共にある
ただ、歳を重ねた今も、時にはグッと来るよな、そんな熱い時を過ごしたいものである。



柳又谷方面訓練山行
 
  沢を下る-600ta
                       横山乗越を越え沢道を下る(標高835m地点・帰路)

朝日遭対協(朝日岳方面山岳遭難対策協議会)の、1泊2日秋季訓練山行に今回参加させていただいた。所謂民間の山岳救助隊の訓練山行です。訓練場所は北又小屋から柳又谷間。講師として県警山岳警備隊員2名を招き、訓練内容は「救助並びに柳又方面の地形及び登攀ルートの把握」というものでした。

前述の通り2日間に渡る訓練山行です。比較的大きく重い荷を背負い、まずは通い慣れた吊橋を渡りました。で、程なく河原へ下り、北又谷をそのまま黒薙方面に進みます。無風で紅葉も進む秋の穏やかな日ではありましたが、時折膝上までの徒渉。
スタート-1120  徒渉①  徒渉②
                     水のパワーというのもすごい。川底も一定じゃないし
                     ヌルっと滑ったりで、時折持ってかれそうになる

カラ谷乗越下まで来て一服。北又谷とはここでお別れ
後、そのカラ谷乗越、杉谷乗越、そして横山乗越と3つの峠を越えて、
つまり、3回登ったり下りたりして、柳又谷に到る事になります(下記地図参照)
標高差は然程無いのだが、でこぼこ沢道が足に集中力を要求してくる分、長く感じた。

2つの峠を乗り越し進むと、幻の桂の大樹がその全貌を見せてくれた
でかいでかい。。。本当にでかい。宇宙に通じてる様な、そんな感覚を覚えた。
またしばらく行くと、天然極上なめこがドンとありました!(^^)!!(^^)! 食材ゲットであった。
そして、最後の登りを終え谷筋を下がって行く時に、かなり大きいクマとの遭遇もありましたが
幸い難を逃れ、今回の目的地、柳又谷の河原に到着しました。
桂    なめこ    河原
            桂の大樹        天然極上なめこ      河原が見えてきた
                     ぱっと数えても150以上

一息つき、標高こそさほど高くないものの、複雑極まりないと言うか難易度超高いと言いますか、そんな今日歩いたルート、獣道的部分もあった手ごわい地形を振り返りました。そして、野営と食事の準備。これら全てが訓練でしょう。参加された隊員がそれぞれの役割をこなしてゆきます。部外者としてはその「プロ集団」的動きも勉強になりました。そうこうしてる内に、用意されたテント場ではない、人里離れた柳又の奥山は漆黒の闇と静寂そのものに包まれ、底の無い幕の中でシュラフに包まり就寝。


                   柳河原集合写真
                        2日目朝、出立の時

翌朝は青い空。横山乗越へ登り返しから始まります。登山道とは言い難い、獣道的なややこしい部分もあります。また、季節により草木の背丈もかなり違うでしょうから、一度や二度では把握し切れないルートだと思う。そして、3つの峠を越え、北又谷本流へ下り立ち、昼めし。再び、遡行。帰りは途中から小沢を右岸の林道に上がり、草木茂ってるものの、まあまあ歩ける林道を北又小屋まで戻りました。林道ルートはサカサマ谷に回り込んでおりその分川底を行くより距離がある。ようやく北又小屋が遠くに見えてきた(林道から)。見慣れた三角錐な定倉山が見えていた・・・左は裏定倉山。
横山乗越へ-700ta    ややこしい道を行く-500ta    北又の小屋が見えてきた-1120


今回歩いたトラックログ …標高はGPS値より
ログ-1150解説付
この山域は地形がかなり複雑ですのでロストルートし易い上に、クマも多い様です
入られる際は、オールマイティー的な登山技術と知識を要求されますので、十分ご注意下さい。

多くの沢屋の憧れでもあるこの「柳又谷」。自分の山歩きにおいてこの「沢歩き」というのはその指向嗜好ではないのだが、今回はそこのしっぽに到るルートを自分の足で確かめる事ができた。両日6時間弱行動しながらの実践訓練、幕営地でのさまざまな勉強、いい経験をさせていただいた。一般登山者がなかなか分け入る事のできない懐深き朝日の山中をこの訓練を通し五感で感じ取れた事、そして、このご縁に今感謝している。



あーあれから20年
 
  結婚の日-870
                                           結婚の日 1989.10.22


今日は結婚記念日である
人様からみれば「何ぬるいことゆーとらよ~」である
全くです。が、きりのいい20年ですので、平にご容赦、軽く流して下さい。

時は1989年、平成元年
日本では、1月に昭和天皇が崩御され、時代が平成となり
ドイツでは、冷戦の象徴であったベルリンの壁が崩壊した年である。
大喪の礼の日(2/24)に「○○さんを僕にください」とご両親に挨拶に上がった
また、仕事の都合で11月に入って新婚旅行(ハワイ)に出かけたが
その旅行先で、松田優作の死を知った。

他にもいろいろあっただろうが、今思うといい時代であった
仕事がちゃんとあり、帰りは毎日遊びほうけていて暮らせた
バブル絶頂期であり、世の中全体が浮かれていた
若者が将来に不安を感じない、そんないい時代だった。

新婚の頃-500ta
新婚の頃、誰かの結婚式にイングリッドが出た時

なんやかやあったが、大きな波風なく、力を合わせて今までやってこれた
単身赴任が長かった自分にとっては、家を守ってくれてありがたかったと、心から思う
キラキラした装飾類は欲しがらないヤツなので、近いうちに食事に誘おうと思う。


あー結婚して20年、諸先輩方からすれば、まだまだですが
こどもらのアルバム見て昔を懐かしむと、どこからともなく涙が出てくる
そんな人生の重み、憂い、わびさびの分かる歳になったということだろうか
そしていつ THE END となるか分からないこの人生という旅
できるだけ仲良く ・・・あたらず触らずが適切か・・・
共に白髪の生えるまで、こうなった以上、添い遂げられれば良いと思います。



PS.ブログ書いてる自分の横で、載せた写真見て、イングリッドが言いました
 「私この人と結婚したがいぜー、あんた今別人やねかー」って
  自分から見たら自分なんだけれど、人から見たら、自分じゃ・・・ないらしい
  つまり、否定はしませんが・・・あなたも変わってます・・・とは言えなかった。



なつかしの山、不連続シリーズ
  
  裏剱紅葉-011007
                               仙人新道より裏剱紅葉 撮影 2001年10/7


8年前の写真。
真っ青な空と雪渓の白、そして真っ紅な紅葉のコントラスト
剱岳の黒い岩肌が、ぐっと写真の雰囲気をシメてくれていた
きつい登りで疲れた体を、ひととき癒してくれたのを思い出す
休む理由づけができた、とも言う

この時は、自宅近くの黒部アルペン村から室堂直通バスに乗り入山
当日真砂沢ロッジ泊。2日目は仙人湯小屋泊、3日目欅平まで下り、自宅に帰った
自分に山を教えてくれた、「村の先輩方」との山歩きであった
ちょっと前の事なのだが、おいら44歳だった。おっとーなんちょ若いがよ~だ
曖昧だが、ときおさん(誰)の退職還暦祝い山行だった様にも記憶している。

当時のコンパクトデジタルカメラって、良いので300万画素位だっただろうか・・・
デジタル一眼なんてのは、雲の上の存在だった頃。
自分が使っていたのは、ペンタの200万画素だった様に思う。従って、画質はおそまつくん。
けど、それをも感じさせない魅力がこの写真にはある。と、勝手に思っている
今こうして見ると、写真というより、油絵的に見えるから、それが良いのかも知れない
ともあれ、
自然ってーのは、ほんとにすばらしい。そんなことを再認識する1枚でもある。
(↑だからクリックしてでかくして見ない方がいいかも、です)



池の平も小屋閉め
  
  生地、できたて館にて夕食会-850
                              生地・魚の駅「できたて館」にて 10/18(日)


北アルプスの山小屋は今小屋仕舞いの頃。池の平小屋もこの17日に小屋閉めし、管理人の菊池さんが無事宇奈月に下がられました。小屋閉めは手伝ってはいないが、今日ははっぱさんに声を掛けてもらい、今シーズンの労をねぎらうと共に、無事の下山、再会を喜び夕食会。

黒部・生地(いくじ)の美味い魚に、酒も会話も進みます
男同士、静かで温かい、いい時を過ごした。はっぱちゃんさんきゅう。

のち、はっぱちゃんちで二次会
はっぱちゃんの事務所?-500ta
はっぱちゃんのピアノ演奏です、やるなー
・・・うそです。ブログの更新かな、です
それにしても、雰囲気のある部屋だ。


裏剱の中でも「奥座敷」と言える池の平小屋。飾り気はないが、遊び心も忘れない工夫が随所に見受けられるとてもかわいい手作りの小屋である。また、北方稜線ご用達と言う意味合い、加えて近くに仙人池ヒュッテがあることから、体を休める登山者はまばら。ちゃらちゃらした空気は無い。ここには、何か今風な「レジャー的登山スタイル」とは一線を隔す、古き良き時代の“純粋でストイックな薫り高き山の雰囲気”が漂うのだ。

室堂から入り、剱沢を下り仙人新道を登りて来るも良し、剱岳山頂を越え岩にしがみついて来るもまた良し。そして黒部ダムからや宇奈月から入り雲切を経て、中には大窓から池の平山を越えてくるつわものも居る。アプローチルートはさまざま。疲れ果て小屋に辿り着けば、鉱山研究されている山師(鉱山技師)であり、シャイで控えめながら、なかなかおちゃめな菊池管理人がやさしく迎えてくれる。"モンローの唇”(何)にも会える。昨年は宿泊、今年は剱北方稜線を歩いた時に立ち寄った。みなさん、裏剱のとっておきの奥座敷に、来シーズン(も)訪れてみてはいかがでしょう。





小屋閉め 2009
  
  最後の晩餐-565ta
                                    “最後の晩餐” 開宴 (10/14)
              分かりにくく、そして顔とは限らないが12名全員が写り込んでいる。


今年も、仲良くしてもらっている北ア最北端の営業山小屋“朝日小屋”の今シーズンの小屋閉め作業を手伝いに行ってきました。初日は好天の中、“ほほをやさしく撫でてくれる様な秋の陽ざし”を五感で感じながら気持ち良く、言い換えれば、快晴の中、前へ前へではなく、次ぎ踏み出す一歩に心踊り、踏みしめた一歩に幸せを感じる、そんな登山を満喫できた。クサリ場の上で小屋閉め一次大隊(20名以上)とすれ違い、後に夕日ヶ原で昼食を取り、小屋入り。

一息ついた所で、その日にやるべき作業はほぼ消化されていることが判明。ならばと午後からは、重要任務“残酒整理作業”に専念。何事にも得意不得意があります、今回同行のタクちゃん先輩、早速面食らったことと思います。すみませんでした

来年の小屋開け(6月上旬)まで小屋は8ヶ月間眠りにつく。越冬でもある。大自然の中にポツンと残される小屋が小屋開けの時まで無事で居てくれるようにと、清水管理人が作業工程表を作成されます。僕らはそれに基づいて作業を進めます。また、いくらやりたくても全館水抜きや大蓮華(という最後みんなが一緒に寝る部屋)の畳上げ布団の始末、最終日の朝食や弁当の準備や片付け・ごみ出し、そして戸締りの様に、最終日でなければ出来ない事もありますので、下山日早々に下がり始める為には段取りが決め手、極めて重要。作業計画がタイムテーブル的に紙上で目で見て分かるように出来ている事、これは非常にスマートでやり易い。漏れもなくす事ができますね。

さて、一夜明け、天気は上々。
ただ、山の天気は変わりやすいので、早速外仕事に入ります。
水タンク周り補強-565ta  無線アンテナも撤去-565ta
小屋の裏の水タンクの囲いを西棟梁の下、しっかり補強
てっぺんにある無線機のアンテナも外します
今となってはレアなシステムとなった公衆電話のアンテナも撤去格納
ぶら下がりに滅法強い○ちゃん大活躍。餅は餅屋ですね。

そして、来年6月上旬の小屋開けの頃、小屋の周りはまだ雪に覆われています(こんな感じ)。ほとんどが雪の下、なのでその為の燃料確保や、他、畳上げ、厨房処理などが、今回は僕ら最終作業部隊の前に順調に行われていましたので、今回はじっくりあれこれ小屋を観察チェックすることができました。一次大隊に感謝します。



そうこうしてる内に下山日の朝がやって来ました
一通り小屋閉め作業を終え、いよいよ下山です。
最後の朝-1120  最後の白馬岳-1120  最終下山部隊-800
                                                最終下山部隊

暫しの別れ-1120 
バンザイの丘で小屋と最後のお別れ。それぞれにそれぞれの想いがあるだろう。
後は、部隊が怪我事故何事もなく下山する事、これが最後の小屋閉め作業です。 

夕日ヶ原をゆく下山部隊-1120
夕日ヶ原を下がる。若い衆は大きな”下げ荷”を背負っての下山です。

今回、イブリ山頂⇔9合目間、この8月に新しく切り開かれた新道を通った
途中眺望開け、剱岳も望める。僅か4日間で開通させたとはとても思えない
良く拓かれたすばらしい登山道であった。


ブナ平をゆく-565ta  1合目まで下がり来る-1120  最後の100段-565ta
5合目付近ブナ平ではブナと木漏れ日に癒され、そして1合目まで下がり来た
最後は、ジャスト100段の階段を、ただただ登り、無事何事もなく北又小屋に帰還。



☆ 登山道から紅葉などの様子紹介
  昨年ほどではなかったが、時折光が入るときれいだった。

7合目下紅葉-565ta    降霜-750    クサリ場上部より朝日岳-565ta
7合目下(上山時)       8合目下降霜(上山時)        鎖場上部から(上山時)


7合目上部からの紅葉-565ta    イブリ紅葉-1120
7合目上部から(下山時)   イブリ山紅葉(下山時)



北アのスーパースター白馬岳は真っ白、朝日岳も雪で薄化粧、
そして、中日と下山開始直後には朝日平にも雪が舞った
北アルプスは本格的な冬篭りに入ろうとしている
小屋よ 朝日に集う岳人達よ 今年もありがとう
そして また逢う日まで。



母の七回忌 - 2009(H21)10/10(土)
  
  七回忌食事会-1000
                         母七回忌法要 懇親昼食会 10/10(土) 自宅にて


平成15年10月に交通事故であっけなく急死した母の七回忌法要を、家族と姉妹その連れ合いというごく親しい者が集まり、無事にお務めすることができました。主催者としては、ホッと一息安堵、肩の荷が下りたと言うのが本音でしょうか

姉妹にとってはうちが実家な訳ですが、ここ何年も盆や正月に自分が山に行ってるもので疎遠になりがち。そして、こういう機会でもなければみんな揃うことが難しいので、久しぶりに、自分を含め4人が幼く、同じ屋根の下で暮らしていた頃の思い出話しに花が咲き、義兄弟も交え、時間を忘れエンドレス的に盛り上がりました。


キョンも座った-596
この子・・・"キョン"も、ありゃすっかり家族気分
気がつけば、ちゃっかり 座布団に座っていた
みごとな開脚くつろぎモード
ちいさな子供がいるのとおんなじ
みんなのアイドルとして、場を和ませてくれた。


でかい事は好きじゃなく(…出来ないとも言う)、今回こじんまりした法事としたが、写真に入っちまってる、母に父(父は私が二十歳の時に他界している)そしてばあちゃんは、僕らが仲良く声高らかに笑い涙する姿にきっと喜んでいたと思います。暖かい木洩れ日に包まれた、いい七回忌だった。



山から帰り着て観ることの多い「笑点」に「天地人」。今週はそれらを観てからの、明早朝からの3日間、朝日小屋の小屋閉めに入ります。あらあら準備は済ませた、爪も切った。ただ明日の小屋入り日は好天そうだが、後の2日は降られそう(雨?霙?雪?)。 「寒さと雨雪対応型」装備にて、今シーズンの小屋閉め作業を手伝って来ようと思います。報告後日。昨年の小屋閉めの様子は こちら



台風が運んできてくれたもの
  
  ステーキランチ-850
                                       BEEF DINING さんのおん


今日は大型台風18号上陸列島縦断で、大荒れの一日でしたね。黒部には午前9時頃最も接近したらしい。被害に遭われた方々には心よりお見舞い申し上げます。個人的には、ちょうど今日・・・何で今日ながよーだ・・・屋外での現場調査があり、山以外で久しぶりに横殴りの雨と風にたたかれた。だども、嫌いではない。潜在的にm化が進んでるのかも

と、今日は県内の公立学校(小中高)臨時休校。堂々「こどもの安全第一」が紋所である。が、学校側が、共働きの多い日中留守宅となる家庭にこどもを任せたとも取れるわけ。「雨ニモマケズ風ニモマケズ」を・・・もう学校では教えられなくなった訳だ。そして、「きゃー一体何してくれた~ん」とは親の心の隅のつぶやき。小学校低学年のお子さんのみの核家族は、実家からばあちゃんじいちゃん出動となったのだろうか。そのばあちゃんじいちゃんが、外に出ると確率的に危ないのだが。ともあれ、昼ごはん食べさせなきゃならんし仕事が増えた。昨日の内に買い物されたママも多いのではないでしょうか。

我が家と言えば該当者3人。で、家から出るのは学校側からすれば是認しがたいのだろうが、前述の通り「休校」と言うことは「家庭に任せた」という事だから、おいらとしてはこのレアな機会に、大型台風の威力、それがもたらしたもの、それらを自分の五感で感じておかせる事も、大切な勉強・経験と考え、敢えて昼ごはんに連れ出した。いつもはノーの、自分よりでかくなっちまった長男次男も一緒にだ。

ガツンと肉をという事でステーキ。男衆3人はヒレの250g、娘はサーロインの150g。定食にし、シーザーサラダに富士宮やきそばも付けた。豪勢である。育ち盛りは食べ盛り3人ともきれいに完食。イングリッドとふたりの時はできるだけ控えめなのに、こどもらととなると、財布のヒモどーもゆるむなぁ。 それは、日頃部活等で忙しく3人の足並みが揃う事がまず無いという事からでもあるが。

思春期のこどもが父親と楽しく会話するなど、ほとんど無いってーのが一般的であろう。うちも例外ではないものの、父親としては、嬉しく楽しい時間だった。そしてこどもらにはこの大型台風暴れまくる外の様子はどう心に刻まれただろう。

皮肉にも、台風がこどもら3人との食事の機会をくれた。父と子のふれあいをくれた。
次、この子ら3人と外食するのは、中の誰かが結婚する時か、、、、
或いは自分が黒枠に入った時かも知れない。。そん時ゃ自分は食べれないけれど。
そして、その方が近いような・・・今はそんな気がする。




なつかしの山、不連続シリーズ
 
  夜明けの富士-1130
                             農鳥小屋からの夜明けの富士山 (2007.8.14)


2年前、白峰三山 : 北岳(3193m)、間ノ岳(3189m)、農鳥岳(3026m) を縦走した。
とっても、いい夜空、夜明けだった。取分け富士の存在は、それだけですばらしかった。
しっかりした三脚持ち合わせていなく、石を組み合わせて地面に這うようにして撮った写真たちです。

夜の富士-1130 ご来光待つ-1130
                     夜半の富士                 ご来光の頃、岳人集う  

昼の富士-1130 農鳥岳への岩稜をゆく-1130
                      昼の富士                農鳥岳への岩稜帯をゆく


地の利柄、北ア北部ならともかく、そう何度も足を運べない南アルプス。
森林限界の高さに驚き、一山の大きさに圧倒されたものの、天気に恵まれ、いい山歩きであった。




さてさて、今晩は、楽しみにしている亀田大毅の世界タイトル戦。言わずもがなだが、2年前の10月、当時WBC世界フライ級チャンピオンになったばっかりの内藤大助に挑戦し、試合以下のけんかボクシングで判定負けした。周囲からのバッシングもすごかったですね。当然。あれから2年が流れた。今日はWBA戦。どちらが勝つかより、センスある活のいい大毅が、技術的に精神的に、どれだけこの2年で成長したのか、それだけがとても楽しみな一戦である。そして、引き続きのDREAMに、ごひいきの桜庭登場・・・でも、相手がサップじゃ・・・あんまり面白くないなぁ。体もかなり違うけれど、桜庭にはぜひ仕留めて欲しい それよか心配なのがそれまでおいら起きてられるかだ~


追記(10/7)・・・桜庭の対戦相手、サップじゃなくてウィリアムズ(現役ボクサー)でした。何をどう勘違いしてたんやろー。そして桜庭が1回2分53秒、1本勝ちした。と言っても、おいらはその頃すでに布団に沈んでましたが



ちりとてちん
  
  


    一途になれることがあること
    その一途になれることに 友がいること
    それは 人生を豊かにしてくれ
    また かけがえのない 財産なのかもしれない
    そして だからこそ 人は生きて行けるのかもしれない




紹介のnhk朝ドラ「ちりとてちん」・・・ちょうど2年前スタート。
朝ドラを観てる人が多勢とは言わないし、所謂その評価と言うか・・・
その好みはそれこそ、人それぞれ。そして、ここの所の朝ドラ全般の
視聴率の低迷。これも例外ではなく、あんまり良くない視聴率だったが
「おはなはん」「おしん」に告ぐmy best3の作品だった。

人が悩みながら、必死に懸命に生きてる姿って、かわいくて すばらしい
人生という旅、いろいろあるけれど、それは 「生きているからこそ」 なんだよ
そんなことをパワフルに再認識させてくれる秀作だった。

このオープニングテーマが流れると、
即反応。不思議に元気になり、そして柄にも無く、涙が頬を伝う。