旅のしおり
プロフィール

Author:シュンちゃん
還暦。思えば遠くに来たもんだ。人の命はいつか必ず果てる。生きる軸足である山のほか、本にしおり挟むよに、趣くまま時折生きし証ここにつづる。齢ゆく者のボケ防止備忘録ブログです。適当におつきあいください。
   since 2008(H20) 8.28 



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立山紅葉2009
  
  立山紅葉-1
                                         立山紅葉 2009.9.28 

北ア北部の紅葉は、昨年に比べて、1週間から10日程早いようです。
立山室堂平の様子を、備忘録的にアップです。


立山紅葉-2




参考に、昨年10月初旬(10/2~4)の様子もご覧下さい。そして、
もちろんこの室堂(ターミナルの標高2430m)周辺の紅葉は、とても雄大で良いのですが、
紅葉を満喫するなら、樹木の多い弥陀ヶ原(標高2000m)辺りで、うっとりまった~りが一番だと、
オラは思います  そしてその弥陀ヶ原が、今正に紅葉のピークを迎えようとしている


ガシガシ歩くも、ゆっくり浸るも、どっちも山というものは、いいのよ
みなさん時間をつくり、ゆっくり出かけてみてはいかがでしょう。




剱北方稜線山行-Ⅲ.完結編 -2009.9.26 (金)
  
  下ノ廊下に遊ぶ-750ta
               下ノ廊下に遊ぶ・・・つわものどもは余裕だ  2009.9.23 (水)

9/22,3日目、仙人池から阿曽原に下る。この登山道も連休とあって、こことしては多くの登山者で賑わっていました。ぼくらは仙人温泉小屋下の沢に架かる橋の袂で一服。そこから少し登り返す、いわゆる「雲切新道」を行きます。昨年は一度登り下りしているが、まだ開通3年目とは思えない風格があると言うかしっかりした道になっていた。最後に北北東への長いトラバース道を下ると仙人谷に架かるりっぱな橋に出ます。そこで仕切りなおし。一息入れ、阿曽原へ向かいました。

仙人温泉沢で一服-850   雲切を下がる-850   仙人谷の架け橋-850

せっかく標高下げたのに、仙人ダムから再び140m程登り上げなければいけません。それは例えれば、遊園地のジェットコースターが最初にカタカタ・カタカタと上がって行く様なそんなイメージ。坂に身を任せじっと耐えるしかないがです。だがその先に大きな下りはなく、再び水平道を黙々と行き、最後にドンと下がって阿曽原温泉小屋にと~ちゃく~なのです。 ・・・で、着きました。

阿曾原到着-850   大仏さんらと-850
                      大仏さんに黒ちゃんに・・・ありゃりゃ
                      今朝見送ったはずの仙人池のマサヒロくんが
                      泉さん夫妻に、すずちゃん、山本君も元気そうだった。

受付済ませ、テント設営。一息つき、まった~り。自炊組4名。出てくる出てくる。こんなにたくさん担いで3日間歩いてここまで来られたんだと思うとちょっと自分は反省。みんなすばらしい。っで、3名は夕食に阿曽原特製「カレーセット」をいただきました。こだわりの味付けと見た。疲れた体に、辛めの味付け、これ文句なし!美味かった。定食スタイルに引けを取らない逸品、それが御代わり自由なのだ。すっげーだ。ごちそうさまでした。そして泉さんには忙しい中、良くしてもらった、ありがとうございました。

阿曾原テン場-850   テン場で寛ぐ-850   阿曾原特製カレーセット-650

さてさて、阿曽原と言えば、天然かけ流しのです。
この日も比較的お客さん多く、ごらんの通りの賑わいだった。きびしい山道を歩き通し、辿り着いた者しか味わうことのできない秘境黒部は阿曽原の湯。湯に身を沈めればどの顔にも自然と笑顔が浮かぶ。老いも若きも・・・男も女も一緒にとはいかないが・・・裸のつきあいです。疲れも吹っ飛ぶ。夕飯後にまた湯に行った。「煮豆の河合ちゃん」が昔の名前に戻ってくれた。「エロ河童の河合ちゃん」にだ。そのサービス精神に感動、さんきゅう。

風呂案内板-650   裸のつきあい-700ta   河童の河ちゃん-850

9/23,4日目最終日、阿曽原からトロッコ電車の発着駅である欅平まで、下ノ廊下の下部を歩きます。
食料担当?せっちゃんが上手い事みんなの持ち寄ったものを集めやりくりして、朝食と行動食を段取りされました。「仙人池の静代ばあちゃんの娘さんですか?!」と他の登山者からも言われたせっちゃん。そういやぁ良く似ている。が、何を隠そうせっちゃんは・・・実は前述今回同行朝日氏の奥さん。若かりし頃仙人池でバイトしててお互い知り合い、その仲人が静代ばあちゃんなのだ。仲を取持ったのが静代ばあちゃんと言う訳。つまり、たぶんばあちゃんとは血縁関係はないものと思われるが、長い年月手伝いに入ってもおられるようなので、だんだん同化してきたのかな、である

さて、ほんのちょっとのうっかりが大きな事故につながる、緊張感要求される水平歩道。岩場を削って出来た狭いバンド道、写真の様なシーンが延々と続く。ここは幾度となく歩いているが、年々、上げてるはずの足が引っかかるわけよ。積極的前向き意識的な足運びが要求されるのだ。

水平道①-1120   水平道②-1120   水平道でパチリ-750ta

ようやく、欅平に到着。4日間無事に山道を歩けた事に感謝。何はともあれまずは乾杯だね~。後、温かいもんいただきました。トロッコ電車の時間が迫ってきました。そば屋が混んでて、せっちゃん慌てて、蕎麦かっ込みました。本人必死だったと思います

乾杯、欅平-1120   そば-651   せっちゃんかき込む-750

吹かれると寒いので着こんで暖かくし、トロッコに揺られながら宇奈月駅へ。朝日氏のご好意によりクリスタルバレー宇奈月の湯を使わせてもらい、シャバに戻り来た。メンバーは事前にデポしておいた車で帰高。おいらは、電車で帰っても良かったのだがまだ日が高く、最寄の駅から1km弱、でかいザック担いでの自宅入りはチトご近所に恥ずかしく・・・・ちょうど時間が合ったイングリッドに宇奈月まで迎えに来てもらい、家路につきました。
トロッコ-1120   クリスタルバリー宇奈月-488ta

今回の "剱北方稜線" 山行、初日:岩稜帯、2日目:原始的な山道に雪渓、3日目:大きな足元おぼつかないほぼ下り、4日目:下ノ廊下という不安定な水平道、と日々変化する、お陰で飽きのこない山道を、自分としては大きな荷物を背負いこうして4日間歩き通すことができました。 そして一般道ではない北方稜線という岩稜帯、剱御前或いは剱沢に前泊し、軽荷で即日池の平小屋(or仙人池ヒュッテ)まで抜けるのならば、それはかなり楽だったでしょうが、敢えて 「三ノ窓テン泊」 に拘った今回の計画。  や~実にいかったなーであり、その分今は、感動・余韻が大きいのだと思います。

今回仲間に入れてくださった、高岡HCのつわもの達に心より感謝申し上げ
今山行記、ペンを置くことにします。 ありがとうございました。

・・・2日めに戻る

剱北方稜線山行-Ⅱ -2009.9.25 (金)
  
  ご来光-1050
                                 三ノ窓にご来光  2009.9.21 (月)

夜明け前目が覚めテントから出てみると、遠くには唐松岳頂上山荘、眼下には仙人池ヒュッテそして池の平のテン場にあかりがすでに灯っていた。暖かく風のない静かな三ノ窓に朝がやってきました。やっぱ暗いとちゃみちい。でも明けない夜はないのだ

暗がりから、ヘッデン点けてチンネ左稜線でしょうか・・・クライマーが我先にと取り付いていた。上の棚には昨日からビバークしてる兵者もいた。さすが北方稜線やな~と登れもしないのに感心納得。

クライマーⅡ750ta   クライマーⅠ750ta

今日の行程は仙人池ヒュッテまでなので、余裕こいて、おら達は高見(…ムムっ低見か?)の見物。ゆっくり朝メシ食べ、写真撮ったりして、いざ出立です。

三ノ窓奥座敷-1120  三ノ窓朝メシ-600  三ノ窓出立前に-1120
 幕を張った、三ノ窓奥座敷   寿司は宮脇氏からの頂き物   三ノ窓出立時に。足の揃った
                                            すばらしい岳人たちだった。

小窓ノ王のバンドを詰めると、小窓に池の平山が姿を現した。のち、しっかりした登山道ながら、"踏み跡が登山道整備の根幹"と云える原始的な山道を下ります。そこだけの為に装備して来た、例年ならばアイゼン必携な傾斜の強い雪渓も今年はほぼ消えかかっており難なくクリアー。そして、小窓に到達した時、紅葉がすでに始まった赤谷山が僕らを迎えてくれた。控えめながら、ステキだった。ゆっくり休み、小窓雪渓を下がり(・・・勢い余り下がり過ぎ登り返す)、左山肌に付く池の平小屋への巻道に入り進みます。小窓雪渓上部の道中から振り返る裏剱はとても迫力があった。

小窓、池の平山を見る-1120    登り行く岳人たち-1120    雪渓は小さかった600ta   

   小窓より赤谷毛勝方面-1120    小窓雪渓を下る-1120    水平道よりモンロー方向-600ta

程なく池の平小屋に到着。休憩取り、今日の宿泊地仙人池ヒュッテに向かいました。おっとー今日は畳の上だぜーである。池の平で泡の力水つけたせいもあり、足元口元軽く、ごきげんで小屋入り~

池の平小屋到着-1120    池の平から裏剱-1120    仙人池と裏剱-1120
                                            いつもより紅葉早いねかーだ

仙人池ヒュッテにゃ風呂があります。汗流しさっぱり。新正氏の撃った熊が何気なく飾られていた。んー夕食までまだ時間があるなー。だば飲りましょう。飲まない信輔ちゃんが付き合い酒。うれしいじゃない。
仙人の湯-600    クマ-600    信輔ちゃんビール-600  

いよいよ本当の食事、ゆうげである。たくさんごちそうになった。いい思いをさせてもらった、ありがとうございました。静代ばあちゃん、足が痛そうだったが、気は元気そうで変わらずリップサービスしていた。孫の正博くん(次男)が手伝いに小屋入りしていた。初めて会った。若いが、なかなか雰囲気ある物腰柔らかい男だった。

仙人池ヒュッテ夕げ-1120   正博くん-600   仙人池記念写真-1120

翌朝、お決まり 「ばあちゃんは生きとった」 的集合写真にみんなで納まり
僕らは、次なる目的地、阿曾原に向かったのでした。
・・・3日目4日目へつづく
・・・1日めに戻る

剱北方稜線山行記-Ⅰ -2009.9.24 (木)
  
  三ノ窓夕景-600ta
                         今宵の幕営地、三ノ窓夕景  2009.9.20 (日)

今回の"剱北方稜線"は、高岡HCの河合氏らの計画に乗っかり実現。仲間に入れていただき、ありがとうございました。天気予報良く、気持ちも逸ります。山というものは、歩いている時、山に抱かれている時はもちろん良いのですが、家で準備してる時もまたこれ楽しでありまして、あれこれ動き回り準備です。初日朝は、始発6時40分のケーブルに乗ろうと、朝5時10分に立山駅に着いたのですが、ありゃりゃ、もう階段下まで並んでて、朝6時を過ぎた頃にはごらんの様な混み具合。どんどんどんどん人が膨らんで来る様子に驚きました。

山仕度-500ta  早朝立山駅-900
   準備もまた楽し       朝6時10分の立山駅

3便ぐらいだったでしょうか、ケーブル、高原バス乗り継ぎ、立山室堂(標高2430m)に到着。今日は、剱岳本峰から長次郎ノ頭、八峰トップを越え、三ノ窓まで行く計画です。力水を飲み、わくわくする気持ちを密かに静め出立。今年の立山の紅葉、昨年に比べ1週間から10日程早いようで、あちこち色づき始めていた。カラフルなテントの色と共に目を楽しませてくれた。

立山の様子-1120  雷鳥沢の様子-550ta  剱沢テン場-1120
   色づき始めていた立山       雷鳥沢テン場             剱沢テン場

日帰り登山装備に加え、テン泊装備(寝具やら食料やら)に、ヘルメットやらピッケル・アイゼンやらで荷がでかく重くなってるところへ、剣山荘で、明日の朝食までと行動の為の水を確保し、ザックは私で18kg。それ以上のメンバーもいたものと思われます。そんなで、一服剱、前剱そして本峰へとゆっくりゆっくり歩を進めます。重い(元々体も重い)ので、急登、特にタテバイはシンドかったなーです。で、ほぼ虫の息で山頂(標高2999m)到着。ガチャガチャ装備の山人らしかもう居ない時間帯でした。

剣御前小舎にて-1004  前剱より剱本峰-1120  9.20剱岳山頂の様子-900
       剣御前小舎にて          前剱より剱本峰    おやつの時間の剱岳山頂

日も傾き始めていたので、早々に山頂を後にし、北方稜線突入。山頂までとは一線を隔した世界の幕開けです。そして、あれ~もう誰もおらんにか~でして、北方稜線オラたち独り占め~だったのでした。ここ歩き慣れた朝日氏がトップを行かれます。長次郎ノ頭はちょこっと岩を2度程よじ登り、右へ回り込みクリアー。後はしばらく黒部川側をトラバース気味に進みました。
    
    長次郎ノ頭から立山-1120    長次郎ノ頭から長次郎谷-1120  
     長次郎ノ頭辺りから 立山                 長次郎谷   

              本峰振り返る-1120      北方稜線をゆく-700ta   
                  剱岳本峰を振り返る        重荷には要注意。思わぬ所で
                                       体ごと持って行かれる事がある。

八ッ峰上部に到達。Ⅷ峰、八峰ノ頭、チンネに接近です。程なく、イヤ~なガレ・ザレ場、難所である、池ノ谷ガリーを下る。目の前に小窓ノ王が夕日に焼けていた。
   八峰トップに接近-1120    小窓の王を目の前に下る-1120    下った池の谷ガリー-700ta 
             八ッ峰上部             焼ける小窓ノ王       下った池ノ谷ガリー
  
三ノ窓到着。ここら辺の勝手知ったる朝日氏が、三ノ窓雪渓側に少し下った「三ノ窓奥座敷」と言う場所に案内してくれ、そこで幕営。 後、今日の山行を語りながら、しばらく寛ぐ。安堵感・開放感と、ほど良いアルコールに、皆の顔が自然にほころんでいった。

  三ノ窓、テン場にて-600ta

とても星が綺麗で無風に近い、静かな三ノ窓の夜はこうして更けていった。
・・・2日目につづく

剱北方稜線(速報) -2009.9.23 (水)
  
  池の谷ガリー-700ta
             右"池の谷ガリー"を下り、左の棚今宵の幕営地、三ノ窓に到った
             クリックしてでかくして見ると、写真中央辺りに登山者を確認できます

今年3度目の剱岳、今回は北方稜線を歩いてきました。

初日(9/20日曜)   : 自宅 → 室堂ターミナル → 剱岳山頂 → 三ノ窓、テン泊
二日目(9/21月曜) : 三ノ窓 → 小窓 → 池の平小屋 → 仙人池ヒュッテ、小屋泊
三日目(9/22火曜) : 仙人池 → 阿曾原、テン泊
四日目(9/23水曜) : 阿曾原 → 欅平 → 宇奈月 → 自宅

重荷を背負っての剱岳登頂、そして北方稜線は、少しキツかったですが、
天候と、良き岳人たちに支えられ、今回無事に歩き通すことができました。
そして、剱岳北方稜線、そこには気の抜き所の少ない世界が広がっていました。

初日、カニノヨコバイでの事故救助現場に遭遇。タテバイ下には血塗られた岩が生々しくありました。そして今日午後帰宅し新聞に目を通すと、北アでの集中した山岳事故多発にとても驚きました。同じ山を歩く者として、ご冥福をお祈りすると共に、それは自分への戒めでもあると心に刻み、山に入らなければと思いました。

さて、荷の片づけと洗濯は終わったのですが、ちかれたので、詳細は後日です。
・・・詳細へつづく

"ぼてやん"再考察
  
  シネマ食堂街より空を見上げる-675ta


先日訪れた、ほぼ富山駅前シネマ食堂街にある、"ぼてやん" イングリッドと共に再び訪れた。
ここの味、本当はどーな~ん?を今一度検証したかった "^_^"

でもです。やはりおいらの心は古き街並みに奪われ、最初も最後も心捉えて放さなかったのが、トップの写真。華やかなる頃から現在に至っても、ほとんどここに足を踏み入れたことのない私であっても、周囲の開発に比べると、栄枯盛衰を感じえずにおれなかった。いいじゃん、この一画。何か妖しげだけれど、昭和の香りがして。ここに多くの思い出のある方がたくさんおられると思います。たまには行こうぜ、駅前シネマ食堂街だ!(^^)!。

さて、本件ぼてやんなんですが、ざっとこんな感じ
やっぱり中年男のおいらにゃー、どーしても食べたいというものではありませんでした。イングリッドに言わせれば、美味いは美味いが、粉の比率チト多ーないけー、妙に粉っぽいやん、とのこと。が、彼女、立て続けに3つバクバクいってましたから、美味しかったようではありますが(^^♪。自分の口には合わなかったが、それはいつもイングリッドの父君ジョージの薄っぺらいヤツ食べ慣れてるからと、そもそも「お好み焼き」というもの自体にそれほどそそられないからでしょう。人気店であることには変わりないのです。
ぼてやん看板-450ta 店内の様子-550ta ザ・メイキング-525ta ミックスに豚玉-525ta
お昼だったからか、この日の予約席や持ち帰りの方、そして入店する客の7割は女性。後は一人で
来店の若い男性。男性はどなたもマンガ本を読んで出来上がりを待つ。出来上がってきてからも読みながら食べていた。流行のラーメン屋と同じ情景だったわけだ。

食べながらマンガ読むなんていう事は「ご飯は静かにだまって感謝して食べなさい」 時代育ちの五十路をゆくおいらには理解できない行動(ーー;)。特に4人兄弟で育ったおいらにとっちゃー「何かしながら食べる」という行動は、即食い物がなくなると言うに等しかったのだ。常におかずを注視。上の姉ちゃんはやさしかったが、あとはバトルみたいなものだった。そんな自分のこども時代を思い出すのです=楽しかったが裕福でなかった、とも言う "^_^" 

そして前回気になった接客だが、ここ、家族でやってるようで、この日はとーちゃんかーちゃん兄ちゃんに、兄ちゃんの奥さんに、背負われたその赤ちゃん、と想像する5人のスタッフがステージ(厨房とも言う)に立たれた。前回同様ことば少なで愛想もほとんどない。でもこれは、県外の方はどう思われるか分からないが、口下手で素朴な人柄からだと読み取れた。言えばきちんと応えていただけたからだ。つまり、人はいいのだが、上手く伝えれない、そんな、シャイな富山県人気質なのだと思う。何かと言うとあーだこーだと、その場をことばで埋め尽くす都会人には、理解しづらい世界。おいらはお好み焼きよりこの人柄が好きになりそう。そういう意味で、この"ぼてやん"また訪れるかも知れない。

・・・・そんなこんなの、ぼてやん、再考察でした。

そして、のりピーより、しんちゃんパパが気になる。今のところの発表だ。


明日からまた剱岳にゆく。
順調に事が運べば、宇奈月から電車で家路につくことになるだろう。



今年初めての朝日岳"^_^"
  
  山頂近くより朝日平-1120
                                      朝日岳山頂近くからの朝日平


今年初めて、朝日岳の頂に立った。朝日平、つまり朝日小屋(標高2150m)には、今回で今年4度めだったのですが、ありゃりゃ、恥ずかしながら(横井さんかよー、えっ誰?知らんて?、こりゃ失礼)・・・山頂(標高2418m)に到ったのは、実は今年これが初めてだったのよ"^_^" そしてそれは今年の山開き以来だから、純然たる無雪期は、これまた久しびり~ってことでした。

同行者は、まりんさんご夫妻。ネットの山友、初対面。モデルにもなっていただいた。
眩しい位の朝の光を受け、すばらしい天気空気に包まれながら、まずは1合目で小休止。後、ほぼ2つ刻みで急登を登り上げ、イブリ山頂(標高1791m)まで。ここで10分小休止の後、夕日ヶ原(標高2000m)まで歩を進め、ランチタイムとしました。途中には、マスクマンもいましたぞ。 元々"今日はここまで"という美枝ママにゆっこさんにやっと追いつき合流。しばし話しそして分かれる。美味しいものもいただいた、ありがとうございました。草紅葉が少し始まった静かな夕日ヶ原だった。
1合目にて-1120  朝の光を受けてゆくのだ(^^♪-500ta  マスクマン現る-600
ゆっこさんは次が「朝日100回」だと言っておられた。ぜひその記念登山は同行させて下さい。因みにおいらは、今回が44度目の朝日(小屋)であった。ん~まだまだやね~だ。


        で、6時間掛からず、小屋に無事とーちゃ~く
        ふ~っで、ぐび~っで、おつかれさ~ん
        朝日神社には好きなタカネマツムシソウが咲いていた
        タカネマツムシソウに向かってお参りしてるようなもんだ(^^♪
        さて、一休みしたし、だば、朝日岳山頂へ行きましょう。
        小屋にとーちゃ~く-850  タカネマツムシソウ-500ta  朝日岳山頂山名盤-700
        3人で登頂。眺望には恵まれなかったが、暖かく風のない静かな山頂だった。
        「山頂さん、いつも小屋止まりでごめんね」・・・と心の中でつぶやいた


   山頂から戻り、"「朝日岳の夜は紫」・・・別名「恋の雫」"で かんぱ
   何?それ?だね、特別お教えしましょう、それは「しそジュースに焼酎」から成るのです
   先週、命名された、出来立てホヤホヤの新酒らしい
   そして、その比率は76:24が黄金率らしい  ・・・が、おらは79:21が良かった~って
   ↑なーん変わらんにかやね。
   ともあれ山を歩きえた体には、これ、なかなか、いいじゃん、マジ美味しかった。
   小屋のご主人も一押しの様子でした。
   最初の乾杯-750    小屋の主人も一押し-750


                 今日何度めの乾杯だっただろうか
                 おいしい食事をいただきながら、歓談
                 夕げの乾杯-850    落日の時-1120
                 食事の後、外の風に吹かれに出ると、ちょうど、落日の頃であった。



咲き誇る高山植物やすばらしい紅葉の頃ではなかったが、
確かな秋の訪れ感じる、哲学的ですてきな登山道を歩いた。そして今回は山頂にも到れた。
静かな時間を山で過ごすことができた。 あー山ってのも、おい、やっぱいいじゃないか。



小さな旅 - 富山駅前放浪編 -
 
  シネマ食堂街トップ600ta
     富山駅前シネマ食堂街にあかり灯る頃 ・・・レトロで妖しげな雰囲気が実にいい


山の会「山遊探」の分科会的会合・・・と言うか食事会、実態は、食べたいもん食べながらたまに一杯飲ろうか、の集まりがあり富山駅前に出かけました。往きは汽車でです(各駅停車で片道32分)。これ幸いと、集合時間前に一人、旅人気分を味わうことにした。

まずは、駅に降り立ち、駅前を30分ほどぶらぶら散歩。夕方の駅前周辺は出張や仕事帰りで家路急ぐ人々でにぎわっていた。みんな表情が硬いなぁ、もっと楽に行こうぜ、なんて。それからちょっと楽しみにしていた「シネマ食堂街」うろうろ探検。
シネマ食堂街?1050  シネマ食堂街?800  シネマ食堂街?800
若くキトキトだった35年前、駅前シネマ街と言うと、かかってる映画も含めて、それはそれはHな世界、青少年禁断の地であり、大人の欲望のみが渦巻く一角、さらに言えば黒部の田舎もんの坊やには、「あそこは悪い人、不良が行くとこながいろー」・・・と本気でそう思っていたミステリアスでデンジャラスな、そんなゾーンだったのだ。それは、若い頃使いもしない避妊具の自販機に、ミッドナイト人目盗む泥棒のように買いに走るに似た、それの元締みたいに感じる場所だったのです、じっくりゆっくり出来なかった(笑)。だが、月日の流れは人を成長させる、大人にするもんだねぇ。何十年振りに足を踏み入れた今回、じっくりゆっくり見て回れた。忘れ物を取りに行き、無事取り戻してきた様な、そんな達成感と感覚にひとり浸ることができた。
シネマ食堂街?600ta シネマ食堂?600ta シネマ食堂街外から1050

あかりが灯りはじめたシネマ食堂街、人もまだまばらだったが、途中酔っ払いとことば交わした。ぜひあの店へ、というお勧めの店のアピールだった。そしてこの妖しいレトロな世界は、自分を昭和にタイムスリップさせてくれた。そんな、遠くなりつつある「20世紀少年」にいっとき戻り、、やきとりの秋吉駅前店で喉潤し腹ごしらえ(えーこのあと食事会じゃないがけーだ(笑))。困ったおやぢだ。この私の徘徊放浪癖、パニック症候群と対峙する症状なのか、年々同時に進行している。そして今回は、吉田類の酒場放浪記宜しく、大人の夜の街散歩だった。夕暮れ時の涼しい風に吹かれたことも心地良かった。

秋吉の串の肉の小粒さとスタッフのお姉さんの威勢の良さ、変わらなかった。元気をいただける気持ちのいい店である。また間狭めのカウンターでの、見ず知らずの隣の客との控えめで静かなやり取り、その空気感も好きだ。大衆的人間的で良い。秋吉を出、ふと見ると、以前訪ねたことのある知り合いの店の看板が目に入った。桝天(ますてん)だ。マスターとは2002年ある山岳会の栂海新道をご一緒し、その後中山や白鳥山でお目に掛かっているものの、ここしばらく会っていない。メインイベントの会合までもうしばらく時間があったので久しぶりにのれんくぐってみた。

マスター元気じゃない。おいらのちょうど20歳上である。顔なんかツヤツヤで、精力ありそ"^_^"。負けそうだった。桝天にはしばらくしかおれなかったが、その間に単独行のお客さんが二人お見えになった。両名同じ袋を持っておられお互い「あーそうですか~」って、何がけ~??であった。聞くと、今富山で開催されている応用物理学会の参加者であった。30代後半と若いながら、お二方ともその道の博士だった。学会での出張の旅の空の下、貴重な僅かな癒しの時間に、おいらとマスターは山談義ばっかで、失礼しました。で自分は一足先に店を後にしたのですが、あの夜、富山の美味い魚と酒を楽しんでいただけたでしょうか。そしてマスターの山の歌、強制的に聞かされたのでしょうか"^_^"
桝天マスター450ta  刺身に小鉢600  k&y博士だ800
      マスターだ    盛付けも品があり、美味い           k博士とy博士


で、ようやく今日の本番に辿り着きました"^_^"
山の会「山遊探」…山遊び探検隊、分科会的食事会
会場は、お好み焼き「ぼてやん」です。
お好み焼き四角いメイキングには目が点になった。が、美味かった、
と言うか、五十路のおいらがはらぺこん時にはかなり美味いだろう・・が近いか
次は、"粉もん""練りもん"大好きなイングリッドに、この「ぼてやん」評価させてみようと思う。
そして味の評価は高いかも?だが、県都駅前の店としては、接客レベルは低い(これも好みだが)。
ぼてやんお好み焼き600ta
今回は2ヶ月前の荒島メンバーだったのだが、わいわいと楽しく過ごした。
ただ、このメンバーの集まり、話の行きつくところ
山の話ちょ~っと少ないのが、唯一。。。おら寂しいなぁ、です
半家族的な仲間だから、しょうがないっかとも。しかし、
今度は、会話の間も楽しみながら静かに、どっぷり山を語りたいものです
欲を言えば、ゼンマイ仕掛けの柱時計の振り子の音が聞こえて来るような店で。



富山駅前、限られた時間でも、こうして過ごすと結構楽しかった
また、時々探検と言うか・・・徘徊してみたいエリアが一つ増えた



ハレルヤ/オフ会 後 黒部峡谷フィルム鑑賞会
  
  図略近附山立-1200
                              立山附近略図 冠松次郎著「黒部谿谷」より


所属する山の会「ハレルヤ」の夏の集い(BBQ)が高岡の刺激ちゃんち -別名小竹山荘- を会場に今年も行われました。以前にも書きましたがこの「ハレルヤ」と言う山の会、年末から5月位までの有雪期のみを活動期とする、そう言う意味では珍しい会なので、ぐずぐずした今年の夏ではありましたが、それぞれの個人山行について「夏山大いに語る」であり「秋あんた何処行くん?」を肴に、おおいに食べ、飲み、語る、そんな趣旨の集まりです。

鮎塩焼き-750
       みんな、肉より魚介類が口に合う年頃になった

山で会うのが原則だが、こうして、たま~にヒラバでゆっくり話すのも乙なものいいものです。しかしながら、おいらは趣旨に忠実にとの思いから、今回真面目に一生懸命に(←言い訳とも言う)、飲み・語り・飲み・呑み・語り・また呑み、、でほとんど食べず、結果。。。一人10時頃に沈没撃沈。日付変更線まで地面グルグル回り、復活するも時すでに遅し。良い子なのか悪い子なのか、ロンリーな単独行、夢の様な世界を行ったのでありました

小竹山荘に泊めてもらい朝目が覚めると、あらら、不思議に二日酔いほとんどと言っていいほど無いじゃない、で、さわやかな朝の涼風に時折吹かれながら、いる者で朝食、お茶、雑談、「金とく」再放送を楽しんだ。この茶の間的まどろみ感、居心地良く最近楽しみでもあるのだ




っで、帰宅後、これまた楽しみにしていた、黒部奥山・黒部峡谷の映像を見に近くに出かけました
天高く何とやらのごとく、とても秋らしい日和で自転車に乗ってると気持ちの良い日でした。
レジメ-450ta

1927年・・・昭和2年と言った方が訴求力あるかな、文部省制作・冠 松次郎監修、35mm・24分。上映時間は映写機の構造上1.33倍のスピードだったので約18分で、白黒・無声。現在東京国立近代美術館に保管されているとても貴重なフィルムでした。三日市(現在のJR黒部駅)から黒部鉄道に乗り宇奈月まで行き、新鐘釣温泉・欅平・作郎越・池ノ平・小窓・立山・剱沢・内蔵ノ助平・平・立山温泉をたどる様子が収められていた。

一通り見終わった後、もう一度映像が映し出され、阿曾原温泉小屋の佐々木泉氏がその映像を一通り解説されるという、かなりの豪華版、しかもあんた入場料無料やぜ~。それもあってか、カーターホールが9割埋まる盛況ぶりだった。郷さんのお姉さんや会場出てからiちゃん、そして大蓮華山保勝会の方にも会った。出入り口で構えてりゃ知った顔オンパレードだったのかも知れない、おりょみんな関心が深いのだ~とも思った。

池ノ平から八ッ峰方向が映し出された時、82年前のモンローの唇がしっかり写りこんでいた。8月としては今よりもグッと肉感的官能的なくちびるだった。温暖化が進んだ現在より当時は雪は総じて多かったと推測されるものの、それにしても、三の窓雪渓にしてもそうだったが取分け雪の多かった年だったのではないか、と佐々木氏が解説された。

黒部峡谷の当時の様子・我がふるさと黒部、を知る上で、そして電源開発が進んだ21世紀、今後ダムと私達のくらしの関係をどう考えて行かなければならないのか、等々良い学習になりました。

山仲間との集い、そして山のフィルム鑑賞と、この週末は山には入らなかったが、
山好きの自分には、一泊二日の山行に匹敵する充実の週末だった訳だ



この夏の我が家の出来事
  
  
                                     娘がねじれる時 井上陽水


娘が髪を染めた。この中一の夏休みに。今でもパンツ1枚で恥ずかしげもなく廊下うろついてる娘がだ。つい最近までこどもだと思っていたのに。正直驚いた。彼女の世界は中学に入り大きく広がり情報も多く入ってきてるのだろう。でも、それって父親にとっては「のりピーの覚醒剤」ぐらいインパクトがあるのよ。「ウソは泥棒の始まり」「朱に交われば・・・」、今は黒く戻したが、気になる・・・が、見てみぬ振り、何も言えないテテ親がここにいる。

そして、中三受験生の次男坊が一人旅(家出的)に出た。一人旅と言えば聞こえは良いが、予兆があったとは言え、決行前日イングリッドに、飼ってる「ハムスターの面倒頼む」の一言残しふっと自転車で一人旅に出たのだ。精神的に何かに行き詰まりいろいろ考える所があったのだろう。自分は当日山の中に居たので、どのような装備で出かけたの分からない。

穴水のコンビニの軒下で寝ている所を補導され、夜半自宅の電話が鳴ったそうだ。ママチャリ的な自転車で一日で県境を越えて行ったのだ。イングリッドは「知っています、一人で旅に出ました」と言い、警察官が「じゃー公園で寝るように言います」と言ったそう。普通だったら、「○○警察署で保護してますからすぐに迎えに来てください」が当局の判断であり、「ご迷惑かけ、申し訳けありません、すぐ迎えにいきます・・」が母親の対応じゃないだろうか、そういうのが「中学生日記」的シナリオではなかろーか。改めてイングリッドのおおらかさ?実感。またその警察官の対応もいかがなものかではあるが、なかなかのヤツだとも思った。いいおまわりさんじゃない。

その次男坊、9日間の予定(と兄ちゃんに言い残してったらしい)が、僅か2日間(一泊二日)で家に帰って来た。足血だらけで帰って来た。どうも自転車で転倒したようだ。理由は、子猫が道に飛び出してきてそれを避けようとして、転倒、自転車前輪が回らないほどゆがみ、本人血流となったらしい。穴水からでは自転車押して歩いて帰るのも大変。なので、両足に負荷掛け自転車こいできたらしい。野球で鍛えた足腰も悲鳴をあげ、一週間位妙な歩き方をしていたのが、痛々しくもありそしてかわいかった。

この旅、処世術身に着けていないツンとしたぶっきらぼうな丸坊主の小僧にやさしくする人は少ないはず。旅では世間の冷たさ、一夜とは言え闇夜の寂しさを味わったはず。心細かったことだろう。そして家の温かみが少しは分かったはず。いい経験になったと思う。ともあれ無事で良かった。

こども育ててりゃ、いろいろある。人様に言えない様なことも。
うちの子に限って・・・これ砂上の楼閣、どんどん崩れ去る
当事者ながら、第三者的に実体感するこの頃です。

今その時の猫(キョン)がうちの子のように、次男坊の部屋にいる
アレルギー体質の自分はあまり近寄れないが(ーー;)
自分が轢きそうになった野良猫のきょん、生後3週間くらい
家に来た時は、餓死寸前、体ノミだらけ、片目はヤニでほぼつぶれていた。即病院行き。
次男坊はそのきょんを見るたびに、今回の「家出的小旅行」を思い出しているのだろう。
かわいい子には旅をさせろ、とは良く言うが
この次男坊、自分に似て、自ら旅に出るタイプなのかも知れない。

生きる事に悩み始めたのだが、生きる力は増したと思う
ねじれてもいい、上に向かってねじれるのであれば。