旅のしおり
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Author:シュンちゃん
還暦。思えば遠くに来たもんだ。人の命はいつか必ず果てる。生きる軸足である山のほか、本にしおり挟むよに、趣くまま時折生きし証ここにつづる。齢ゆく者のボケ防止備忘録ブログです。適当におつきあいください。
   since 2008(H20) 8.28 



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夏山通信2009Ⅶ -太郎平、高天原 営業山行
  
高天帳場-650ta  
         高天原山荘 帳場辺り 北アではストーブに違和感がもうない  2009.8.28

山小屋の改築や修繕、あらゆるサポート全般も仕事としてるのですが、待ってばかりいても「今のご時世たなぼたなし」。なので山小屋お盆商戦一段落した今、訪ね歩きの営業に出ました。太郎平小屋へです。お隣のm山夫妻同行、3人での山歩きとなりました。そして、経営者は同じなのですが、m山夫妻が高天原のご夫妻とスキーつながり知り合いなので、今回高天原まで足を延ばす事にしました。高天原を訪れたのは、8年振りとなりました。


初日、午後3時半頃太郎平小屋入り
お盆が過ぎ、短かった今年の夏も終盤。平日ということもあり人はまばら
小屋の前からは、水晶岳がその存在をアピールするかのように何やら近くに見えた。
小屋で働く「若いもん」が活き活き動いており、それが好印象を与える小屋だった。
太郎平小屋-430ta  太郎から水晶1120
五十嶋社長は当日薬師沢小屋泊、翌日会合で三俣山荘だとかで不在。行程的に山では今回お会いできなかったが、社長にはこの冬下のロッジと朝日小屋の山開きでお会いしている。一泊二食弁当付でお世話になり、実務代行者、河野氏に営業PRし、翌朝小屋を出た。おっとーこの河野氏お顔拝見しどこかでお目にかかったことあるなーと思ったら、2004年2月に西穂に単独で出かけた際にお会いしていた。その時氏も単独。2月にでかい荷を背負ってそれも西穂山荘から先に行くってのは、「その世界」の人種に限られているので妙に目立ったこと覚えている。そして彼はその2004年、北米大陸最高峰マッキンリーに登頂している。素朴ながら時折見せるユーモアと言うか・・・温かみを感じる好青年だった。


心地よかった太郎平小屋を後にし、次なる営業先である高天原山荘へ向かいました。この所雨が少なかったので、薬師沢からは雲ノ平へ登り上げずに、黒部川をしばらく下降しいわゆるB沢から高天原峠に向かう、大東新道を行きました。
薬師沢をゆく-500ta  へつる-500ta  B沢上部標識-500ta  急登を終え一息-500ta
高天原への一つのルート大東新道、雲ノ平経由に比べ、歩く距離2/3、登りも下りも数値的には小さいのだが、なかなかどうして、A沢こそ黒部川沿いを通過するだけだが、その後B沢を登り→C沢→D沢→E沢、と大きな沢を越えて進みます。渡る事は今回全く容易かったのだが、沢渡った直後のアップが結構きつい。またE沢通過後の高天原峠までが精神的に長い。変化に飛んだ登山道なのだ。「おいおい誰こいとこ連れて来たがよ~」という感じ。オラです
今のM度に満足できないあなた、そうそんなあなたに 大東新道お勧めのコースかもよ


高天原峠を越え少し下がり、小沢で昼めし。
程なく、本日目的の地である高天原山荘に着きました(午後1時半)
正に時空を超えたと言おうか、時が止まってるようにさえ思える、独特の雰囲気感ずる佇まい。
高天原山荘-1120
屋根や柱が芸術的にゆがんでいる(レンズのせいじゃないよ
大自然が、屋根を五線譜にメロディーを奏でている様な、そんな実に趣ある雰囲気だ
が、内部の補強はしっかりしており、構造上問題は無い

管理人小池ご夫妻に営業PRを含めご挨拶
顔つなぎ済ませ一息です。今後何卒よろしくお願い致します。

仕事済ませ、8年振りに高天のに身を沈めた
あー極楽極楽。辛かった道のりを忘れた
入浴シーン-1120  高天m山夫妻-1120  高天夕げの様子-550ta
 コバルトグリーンブルーの湯だ     m山夫妻              ランプの宿夕食の様子
  しゃー一体何色け?     y子女史の入浴シーン今回はない


「な~んも無い贅沢」高天原で体を休め、翌朝4時目が覚める。早立組の出立準備の様子を布団の中で感じながらまどろみ、5時に起床。外は雨だった。しばらく強く降ったりしましたが、遅めの出立の頃(午前7時)には雨も小降り。待てば海路の日和あり、やったぜ~。帰路は雲ノ平経由としました。高天原峠から雲ノ平までの登りは、足元単調なものの早月尾根を思い起こさせるものがありますね。我慢の一字。我慢の一字と言えば、雲へ登り上げたなら、ありゃりゃ今度は薬師沢へのごろごろした石のアスレチック下らなきゃいけませんね。寄る年波これも結構キツイやんだった。。。一服。後また太郎に向け登った。
雲に向け登る-650ta  雲ノ平山荘-900  わたすげ-450ta

そして、その太郎平への登上、i井女史と再会。いつ以来だろう・・・分からない。i井女史とは雪山しかご一緒した事がない。足元に雪がない時に会うのは初めてじゃないだろか。しばらく介護に追われ山から遠ざかっていたとのこと。久しぶりに山に来たのだとも。今回は3泊4日読売新道から扇沢に抜けるのだと言っておられた。健脚振りは変わらない。また100高山を視野に入れているともおっしゃっていた。心に山への想い深くお持ちながら、とても控えめなi井女史。にこやかだがうるさくはない。どこか品格のある岳人だ。次お会いするその日を楽しみにしています。再会を喜び互いの無事を祈りて握手し、分かれた。

さて、太郎平に戻り来て、小休止。そのまま折立登山口に戻り、ゲート閉まる前に通過。無事2泊3日の出張から家に帰り着くことができました。最終日の一日11時間行動は久しぶりだった。歩いた距離で言えば、この3日間で、早月尾根からの剱岳往復+北又からの朝日小屋往復以上をやった勘定になる(標高差は3000m登り3000m下りだが)。中高年にしちゃーよー歩いたわけよ。

そういやぁ今出張(山行とも言う)に高山植物はもう少なかったが、行き交う登山道は正に「中高年花盛り」であった。おらもその一人ですが。中高年が元気はつらつ、これ大いに結構なことなのだ。おうちに閉じこもってないでみんなおんもに出ましょ。そして振り返るに、今回、目的が目的だっただけに、いわゆるピークと言うものをどこも踏んでない。ありゃだ。だが、久しぶりの太郎平、そして時が止まったような高天原、8年前との大きな変化を見つけることができなかった位。静寂だけが広がる、一等贅沢な場所は今も変わらない。すばらしい・・・変わらないということが・・・良かった。

高天ログ-1150  高天周辺ログ-1131
 今回の 全図                 今回の 高天原周辺拡大

高天グラフ-601
折立→太郎平→薬師沢→大東新道→高天原
高天原→雲ノ平→薬師沢→太郎平→折立 だ。
  
高天鳥瞰図-976
 鳥瞰図 ・・・こうしてみると大東新道の方が一見楽そうに見えるが・・・



◇番外 食事編
山での食事、優先順位は ①「栄養補給」 ②「楽しみ」 と思う。
両小屋とも、工夫の後が見られると共に、心のこもった
そして何より「一生懸命」な感じがした。素朴だけれど、気持ちがいい食事だった。

太郎夕食-600  太郎朝食-600  太郎弁当-600
 太郎平小屋 夕食         太郎平小屋 朝食         太郎平小屋 弁当
                                         もち米の酢飯
                                         保存食っぽくて気に入った。
高天夕食-800  高天朝食-600
 高天原山荘 夕食         高天原山荘 朝食
 この小屋の食事、太郎よりほんの少~しだけ味付け若者風
 てんぷらなんて、心にくいじゃない
 この日の夕食は特に口に合った、美味しかった、びっくりした。



やはり、人は面と向かって話すと、心が通い良いものですね、改めてそう思った。山小屋も多くのしがらみの中であれこれやりくりしている。そして、この夏は海の日直前にトムラウシ山での遭難事故があったり、梅雨明けが遅れたりで、大なり小なりではあるが、どの山小屋も営業的には苦戦を強いられたと思います。なので、すぐに仕事に結びつくとは思わないのですが、いただいたご縁、大切にしてゆきたいと思います。また、高天の小池ご夫妻との約束を果たすべく出掛けられたとは言え、あんな山奥までご一緒して下さったm山夫妻には心より感謝致します。




夏山通信2009Ⅵ -クラス会的、立山(3015m)縦走山行
 
  大走りより雄山-600ta
  大走り下り終え、ホッと一息。川原(標高2300m)から、立山の主峰「雄山」を見上げた
                  これって、ありそであまり見ない、結構レアな構図だと思う
 

朝日町の友人達そのご家族の方々と、富山県人には「地元、ご近所」と言える立山に出かけました。私自身立山は今年4度目。今回はうちのイングリッドも一緒。朝日小屋を通じて知り合った、いわば「山でのクラスメイト」といった方々との山歩きでした。中には立山初めてという人いれば、40年前登ったorそれ以上昔に一度来た事があるななど、今は昔、現在山との係り方さまざまなながら、顔見知りの老若男女でのメンバー構成、総勢9名ででした。

そういやぁ8/22(土)から今月末まで、富山 『市町村デー』で乗り物代が3割引!(^^)!。家計にはやさしい。が、山道に変わりはない。室堂(標高2430m)に降り立ち、もわーっでぐゎぁーんと来る下界の暑さはどこへやら。とってもクリーンでさわやか透明感ある空気に身も心もすぐに反応。癒されます。h美ちゃんが上手い事言った「ここの空気は高級品だ」と。全くだ。集合写真を撮り歩き始め、一ノ越(標高2700m)をまず目指しました。一ノ越に着くと、遠くに、小さくではありますが富士山がその姿を見せてくれましたし、今頃yamanoutaさんがいるはずの奥穂高岳を始めとする、槍・穂高連峰もはっきりと見えていました。ゆっくり休憩し山頂を目指すことにしました。
室堂出立前に-900 もうすぐ一ノ越-900 槍穂-650


岩とザレのミックスした、なかなかの急登を行きます。初めて一緒に山を歩いたKノリちゃん、なかなかの歩き、脚力あるし何しろペースが乱れない。きれいな歩き方をされるのだ、大人ジャ~ンといったところ、さすがでした。そしてbanちゃんの父君78歳。これまた脚力体力ペース配分申し分ない。己を知ってる、自己分析力自己判断力に秀でた筋金入りのおやじさんだった。n美ちゃんちの跳治郎くんは、寄り道大好きで、あっちこっちと立ち止まり、ママを困らせていた。

話はそれるが映画「剱岳・点の記」の影響もあり近年になく賑わいを見せる剱岳。映画の中で柴崎らが山頂に到ったのが長次郎谷から。漢字は異なるが同じ「ちょうじろう」とはやはり山好き山ト係るだ。そしてともあれ、全員雄山(三角点2991.5m 山頂神社3003m)に到着。山頂神社へ参拝に数名が上がって行かれた(山頂神社へは入場参拝料要500円也)。
雄山へ-900 富士の山-650 立山三角点にて-900
                            跳治郎君はお土産屋へ直行で不在(ママも)


みんな揃い参拝も済ませた所で、体調良く、ならばという事で富山県で一番高いところ大汝山・・・標高3015mに向かいました。一番高い所でパチリ。黒部ダムもよく見えていました。結構狭いのですぐ下の大汝休憩所まで下り、ひるめしとしました。今回は各自持参。おいらんちはおいらが担当でしたので、適当に準備=全部担ぐである。山で食べるものは何でも美味い。天気は尻上がりに良かったものの、今日はここ、風やや強く寒かった。
 大汝山にて-900    黒部ダム-900
    大汝、n&t-500ta          おらちのランチ-750


一時間以上休み、たあいない会話を楽しみ、ここで二班に分かれました。来た道を帰るピストン組3名と、さらに先に進み、大走りを下り地獄谷・みくりが池見物組6名とにです。おいらは後者。
大走りに入る-500ta 大走りを下がる-800ta 篠原パーティー-500ta
富士の折立を背に、大走りを下がる         篠原パーティーだ

と、ちょうど良い休憩ポイント(標高2650m地点)で、下りてくるみんなの写真を撮ってたら「朝のバスも一緒でしたねー」と先に休憩しておられた方から声が掛かった。朝のケーブルと言われたかバスと言われたか・・・よく憶えてないが。そして「どちらから?」と言われ、黒部朝日からだと言うと、「朝日岳、朝日小屋がありますね~」となった。金沢市本多町「ティールーム ぶらっく」の篠原パーティー3名だった。スリムで山なれた感のする美男美女揃いだった。今度ぜひ朝日小屋おいでください。花と食事が取分けバツグン!一級な山域に小屋で~す。


そして、たぶん大走り組が今山歩きで一番辛かっただろう、ザレ場続く下りを「忍」の一字で下がり切り、称名川に架かる所々ややたわむ木橋渡り、雷鳥沢のテン場で腰を下ろし一休み。後、地獄谷見物しながら、みくりが池へ登り詰め、で室堂ステーションに帰り着きました。
雷鳥沢テン場-900  地獄谷Ⅰ-500ta  地獄谷Ⅱ-500ta
                           イングリッドの「試練と憧れ」-500ta   みくりが池から立山-900
うちのイングリッド、富士の折立下がる辺りから膝に違和感が出、テン場からはみなさんに追いてゆけなくなりました。「登ればみくりが池越しに立山がきれいやぞー」と言って歩かせた地獄谷からの登り。彼女にとっては正に「試練と憧れ」だったに違いない(←おおげさ~)。みなさんには迷惑かけました。結果オーライつぅーことで何卒平にお許し下さい。今度まで自主トレさせておきます


立山ログ969
                 今回のトラックログ
このコース、コンパクトながら、眺望良ければ一日中立山を眺めながら歩ける。室堂を基点にぐるりと稜線漫歩、日帰り周遊山の旅楽しめるのだすんごくお得なコース。きびしい大自然ゆえ紅葉のピークは儚く短いものの、その時季が取分け良いと思う。そして、一度立山トンネルの真上で、地中から音がしてないか聞いてみたいものだ(笑)。


みんなありがとう-900
それぞれがそれぞれの思いを持って、臨まれ歩かれたに違いない今回の立山山行。無事歩き終え今一人ひとりの心・胸中に去来するものは何か。それを正確に推し量ることは誰にも出来ない訳であるが、「きつい所もあり、疲れたけれど、満足。楽しかった。」・・・は間違いないだろう。そして、みんなありがとう。このクラス会的山歩きは、文字通り、共通項持つ者同士。しゃべらなくてもある程度分かり合える、言い換えれば、家族的になりつつある山歩きであるのかも知れない。

さて、今夜(8/24)nhk「にっぽん紀行」で「富山 北アルプスに挑む12歳 雲上の絶景」というのが放送される。タイトルからしてたぶん立山だろうと思う(違うかもですが)。 あー自然ってすばらしい。



※標高はmyGPS値より



あんまり暑いんで。。。山的残暑見舞いだ(笑)
  
  初雪山-1100
                   グラマラスな、大地からの初雪山(1610m) 2006年3月シリーズ


あつい
なんなんこのところの暑さは。。。。
ったく暑い日が続くので、今日は涼しげな山の写真を、
なーんて、結局は我がDNA  。。。軸足やはり山にあるのでしょう。


なら、行くか-1100おーい行くぞ~-1100
大地山頂より初雪縦走路 モデルは元ちゃんekoちゃんだ    「何しとらー、行くぞ~」 by元ちゃん


朝日岳丸見え-1100白金の頭方面-1100
                 朝日岳を正面に見る                  白金ノ頭への縦走路



二ヶ月半したら、また立山に雪が降る
待ち遠しい



夏山通信2009Ⅴ - 癒しの避暑山行 白馬乗鞍岳 -
  
  白馬大池・夏-430ta
                           白馬大池 (標高2380m) 中央奥は雪倉岳



夏の青き空に誘われ、お気に入り白馬大池へ避暑に出かけました。自分に「山」を教えてくれたおひとりである隣のm山夫妻と、栂池からのピストンでです。白馬界隈最近はスキー山行がおいらのスタンダードなので、むむっと思い記録辿ってみたら栂池からこの夏道歩いたのは息子らとの6年前が最後。なので、もう1/3位記憶が飛んでました

その6年前と言うのは、白馬大池テン泊翌日白馬岳、っでピストンで栂池に帰るというものだったのですが、1980円のテントのポール風にめっぽう弱く山岳用としては全く役立たず(当たり前だね)。一度作り上げてみたものの15分で撤去撤退。つまり日帰りになった訳。白馬に登らなくて良い事にこどもらは喜んだんですが、(宿賃持ち合わせておらず)その日の内に帰らなければならないことに気づいた時の二人の機嫌の悪さ落胆振りったら、これは今も忘れられない。ジュース飲ませ下山、帰宅。近所に寿司食べに連れてって機嫌取ったこと思い出します。その二人ももう高校生と中学生。テニスと野球をやっているので脚力体力心肺機能は自分より格段に上だが、今じゃ・・・山には来ない。つーかおやぢとはまず口も利かない(おいらはちゃみちいのよ)。そんなこんなで今山行内面的にはちょっぴりセンチメンタル・ジャーニーでもあった訳だ、なんて伊代ちゃんかよー(古過ぎー)。
ハクノリ0308Ⅱ-650   ハクノリ0308Ⅰ-650
パソコンが壊れたり保管があいまいだったりで、当時の元画像はもうない。居間の壁に一杯貼ってある家族写真の中からスキャンしてみました。紙にしておくってのも大事な事だね。ちょっぴり思い出に浸った。結局夫婦も親子も「紙が取持つ縁かも」なんて"^_^"



さて、乗り物乗り継いで自然園駅から登山口である栂池自然園へ。ぐっと気持ちの良い空気の中まずはコーヒータイム。ここんとこ剱岳2本続いてたので癒しの山歩きに飢えていたのでしょう、あー気持ちいい。大きく深呼吸し出立。まずは土と石のミックスした比較的広いゆったりした登山道を行きます。ほどなく5歳の「こうちゃん」がパパママの3人で歩いていた。「こーちゃんこーちゃん」と呼びかける声がしたのだ。うちの次男坊も「こうちゃん=耕陽(こうよう)」なので無意識に反応しちまった。他人と思えず声を掛けたのです(笑)。6年前の我が家を思い起こしたのだ。メタボな割りにセンチなおやぢねぇって聞こえてきそう そんなこんなで天狗原到着。スキーの時目安とする祠から白馬乗鞍岳(標高2436.7m 以下、ハクノリ)の端っこの岩群が見えてきた。ヤマケイ夏山風のモデルは今回同行隣のm山夫妻。ご夫婦とも「アスリート、鉄人的」である。原っぱ通過し、そこからは突き上げる大きな岩稜帯をほぼ直登しハクノリ山頂(標高2436.7m)に到りました。ここから白馬大池(=山荘でありテン場。以下、大池)までは緩やかに下ります。大池が姿を現した。青い空に木々の緑、池も真っ青、空気もとても澄んでいて、これで風なんか吹こうもんなら。。もう。。サイコー 言う事なしである。
天狗原-1120  ハクノリ山頂標柱-750  大池登場-1120


大池に到着。雲上に吹く風はすでに夏と秋のミックス。涼風とはこのこと、気持ちいいじゃん。
標高2000mを超える山岳地帯の高地に大きな池。こんな所で好天の中一夜過ごすって、とっても贅沢ですね。一休みしゆっくり流れに任せテント設営。そしてそれぞれが思い思いの「時」を楽しむ。時空を超えてって感じ。ことばで表せないものに自分が包まれる、それが山という世界なのだ。そして静かに落日の時がやってきた。
雲上の湖畔-600ta  テン場落日の頃-1120
このテン場、土に埋まってる石ほとんど無く、また傾斜なくほぼ平でテントが張りやすい。が、石は火山岩であり大きさの割に軽いし又割ともろい。山岳地帯であることから強風突風を想定したその辺の配慮必要と思われた。特筆すべきは飲料水が無料で提供されてること。他にもそういう所はあるが、やはり地形・自然の恩恵である。常識ある使い方であれば使い放題である。ただ、気をつけなければいけないのは、炊飯から出た残り汁や残飯、コッヘルや食器洗った時に一緒に周囲に捨てない無い配慮が必要だろう。ペーパー等を使いそれらを拭き取ってるテン泊者をあまり見かけなかったのは残念だった(ジャーっと捨ててる人を何人か見かけたのだ)。一方、幕営用トイレ、小ざっぱり綺麗だった。特に洋式があるのがメタボのおいらは殊の外気に入った。この日テン場は最終的に30張。



さて、夜が明けました
おりょ~今日も快晴じゃぁあ~りませんか(チャーリー浜風に)。
朝が来た-600ta 

ひんやり締まったさわやか空気感ずる朝だった。下界じゃこの空気感、味わえないなぁ。同行のm山夫妻は小蓮華辺りまでと、朝食後出かけて行かれた。おいらは大池でまったり、歩かず動かず。全く絵にならない中年おやぢが一人でだ、やめてくれよーである(笑)。「衣食住」を担ぎ来るテン泊者の朝もそれぞれ。隣の単独行者は早朝4時頃に出立して行かれた。2時半頃からスーパーの袋をいじるガシャガシャする音が聞こえていた。幾度か眠りに引き込まれ、ようやく辺りは白み、ついに明るくなった。明けない夜はないのだ、なんて。寂しくて心細い闇に包まれた夜はいったい何処へ行っちまったんだろう。日が昇った。山輝き、アヤメがきれいだった。

そして、こうちゃんファミリーも8時頃に白馬岳に向け出立して行かれた。パパママにお名前をお聞きするのを忘れちまったが、東京から来られたとのこと。南アより北アに良く行くのだとご主人がおっしゃっておられた。日に焼けたワイルド感漂う、見るからに山屋だった。山小屋関係者かとも思った。一方、肌が白く都会的。一見とても山に登りそうにない感じながら、お話しすると「山大好き・バリバリの山屋」だった奥さん。そのギャップを密かに楽しませてもらった(おいおいストーカーかよ~)。北ア(特に富山県)に来られる時は連絡ください。きっと情報差し上げられると思います。そして何てったってテン場を駆け回るこうちゃん、かわいかった。周りを明るくしてくれて、さんきゅう。
テン場の朝-1120  朝、テン場より小蓮華方面-1120  こうちゃんファミリー-1120


さてと。あれやこれやといろいろしてみたけれども、出かけたm山夫妻帰還までまだ2時間以上ある。最近は「山で過ごす」も好みなのだが、あっちゃー、本を忘れた。今回一番の後悔。なので景色に、行き交う登山者に、山の空気を楽しみ、ゆっくりゆったりまったり。研究心・観察心も時折沸いてきます(^^♪。登山者の服装でここ3,4年で急増したのが「タイツに半ズボン」というスタイル。老若男女多くの人が着用してる。すっかり市民権を得た感が強い。 と、気がつくと「あれー周りにテントの人誰もおらんにかー」であった。ならばそろそろ、ということでテント撤収に至ったのですが、みんな出て行かれ人影ほとんど無かったのが、気がつけば、白馬、蓮華、栂池からどんどん登山者が休憩に立ち寄られる時間帯になっちまい、悪い事に風も強くなってきた。おいらまな板の上の鯉状態。「アイツこの風強い中どーやって撤収するんやろー」って感じ。 感じながら、そこはほれ「五十路」の意味不明な落ち着きで何とか終えましたとさ っで再び人間ウオッチングやら写真撮ったりして過ごしました。
湖畔は気持ちいい-1120  テン場でまったり-1120  オラだ-600ta


大池をバックに-1120  大池上から振り返る-1120  ハクノリから白馬方面-1120
山は登った以上下りなければいけません。これ基本中の基本ね。3人揃い軽食取り名残惜しいものの帰路に着きました。大池を後にし無いうしろ髪引かれる様に振り返ると、彼方に前朝日岳とその右に朝日小屋も見えていた。朝日小屋は北ア最北端の営業小屋。北アにあっても取分け静かな奥座敷。訪れてみてはいかがでしょう。花も食事も一級の小屋です。ハクノリの細長いケルンの高さは通り行く登山者との比較で、3.5m位だった。ハクノリの山頂標高2436.7mってどこを言うんだろう・・・それも気になった"^_^"


ハクノリの下り途中から天狗原を一望
ふむふむ。。。
「祠のあこら辺だけに岩あるんやー」と確認。
一望天狗原-1120


自然園に帰り着きロープウェイとゴンドラで下がる
ぷかぷかと空中散歩する人が見えた。たくさん飛んでいた
ジグソーのスカイ・ハイなんて歌を思い出した。
自分は足元無い恐怖感が先に立ち、ちびりそうでダメだが
山から下りてきて、見ててとてもゆったりした気持ちに包まれた。
ぷかぷかと-600ta


白馬大池(栂池まで)は黒部からは比較的近く、また三方からの中継点としての位置付もあり行き交う山人の多い所。交差点であり茶屋的場所。そして文字通り池もあることから、山岳リゾートの香り高き地である。自然園からだと累計標高差+640m、沿面距離片道4km。早月尾根から剱岳山頂までの累計標高差が2400m、比較すれば1/4程しか登らなくていいのだ。手軽さが容易に分かる。それでもってそこには一級の山岳風景と香りが広がっている。ただ、白馬岳山頂への累計標高差はそこからまだ+800m-250m程、道のりで約5.8km、標高が上がると共に酸素濃度も低くなるから数字以上に大変とも言える。また、この大池を中継点orベースに、北アのスーパースター白馬岳を目指す人が圧倒的に多い訳だが、ここ大池は、控えめに「雲上のオアシス」を楽しむには、もってこいの場所なのだ。
ハクノリログ-800



栂池温泉でさっぱりひと汗流し黒部に帰り、洗濯機を回しプシュッーと開け、何がどう面白いのか上手く説明できないが最近楽しみにしている「笑点」を観た。だども、ほとんど疲れていなかったのに、寝入ってしまい天地人は最後15分ほど観れなかったのだ。これを・・・「年取った」というのだろう。ともあれ今シーズン初めての「らしい夏山」だった。そして、タイトル通り、歩けば程よい汗はかいたものの、さらっとしたさわやかな風に吹かれ、身も心もゆったり山に抱かれた癒しの山歩きであった。



◇このお盆は、信輔ちゃん(誰)らと北鎌に行く計画でいたのですが、盆明けの仕事の段取り間に合いそうに無く、連続しては2日間の休みが限度。泣く泣く諦めました、残念でした。信輔ちゃんには「行くだの行かないだの」と迷惑かけました。この場を借りお詫び申し上げますと共に、北鎌山行記楽しみにしております。



夏山通信2009Ⅳ -姫たちにお仕えして・剱岳早月尾根-
  
  2820mより剱本峰-700ta
                           早月尾根 標高2820mより 剱岳本峰を仰ぐ
                   小粋に風車を背負ったスラリとした、自称「末期高齢者」



また剱岳かよーって聞こえてきそうですが。。。。。。そいがです、また剱ながです"^_^"。今回は二人の姫のお供として早月尾根からの一泊二日。桃太郎の鬼ヶ島じゃぁありませんが、「美女と野獣の針の山山行」と言ったところでしょう。


言わずと知れた「試練と憧れ」で気を引き締め、馬場島登山口(標高770m)をいざ出立。この長大な尾根にも大木が結構ある。姫、木と遊ぶ。途中1400m標示地点でお昼。ここでテン泊行者の二人連れとお会いする。そのお二人と前後しながら、行けど行けどこれでもかと天に突き上げるごとき尾根道を黙々と登り詰めました。っが、姫たちは息遣い一つ聞こえません。やさしげな見た目とは大違い、健脚。で早月小屋(標高2200m)に到着です。
試練と憧れ-900   木に遊ぶ-750ta   早月小屋-900


姫たちは元気です。受付済ませ、ここでは存在感あるマッチ箱ピークや平野方面の雲海眺めながら、みんなで早速外で喉と心の癒しタイムです。居合わせた60台半ばから後半。。。もしかしたらもう少しご年配か?と言う東京の兄さん方が面白いことをおっしゃった。「おれらは末期高齢者」だと"^_^"あちらの方は話が上手いと改めて思いました。そして千葉からの24歳の単独行者北川君。半強制的?に姫たちの話しの相手に。つーか本人単独行という事で、袖振り合うも多生の縁、楽しそうだった。良かった。
早月小屋に到着-900   小屋から本峰-900   憩いの広場-900


この日の富山平野、雲海と夜景    だった。
雲海-1150   夜景-1150
明朝早いので、天気に恵まれる事祈りながら早々に眠りに


翌早朝灯り点け小屋出立。最初の樹林帯を抜け切る標高2450mまで夜露で足元は少し濡れるかなとも思ったが気になる程でもなく、それとかけ引きしてもこの時期の早い出立は涼しくて殊の外歩きやすい。淡々と歩き、早月尾根ルートの岩場が始まった(標高2800標示先から)。前日1400m標示からご一緒的だったテン泊行者のお二人が身軽な姿でぐいぐい先行して行かれ、別山尾根との分岐も過ぎた山頂近しの所で下りて来られた時に再会。お二人は住まいが滋賀で京都で高校教師をしてるそうで「今日は北アルプス、明日は、甲子園のアルプススタンドで自分の学校の応援ですわ~」と言って下りていかれた。古豪平安高校だ。前日テン場にもお邪魔し楽しいひとときを過ごしている。そして10日前の別山尾根からの剱岳でも滋賀からのお二人とお会いしている。今年の剱岳、滋賀の方と縁がある。
岩の始まり-1150   岩場ゆく-1150   滋賀のペアと姫たち-900


そして姫たちも剱岳山頂(2999m)に到りました。
別山尾根からの多くの登山者が山頂をにぎやかにしていた。そこここの山頂と違い、達成感と共に大小あれど、程よい緊張感がどの顔にも感じられるのが、剱岳山頂の特徴のように思う。おいらはひとり静かに山神様と乾杯し、昨日小屋でご一緒だった北方稜線に行くパーティーを握手して見送った。
姫たちの山頂-900   ひとり乾杯-900


眺望には恵まれなったが、風のない暖かく、ぼんやり本など読みまどろみたくなる様な山頂を楽しみ、下山。登山は帰りに事故が多いですからより気を使って下ります。クサリ場も慎重に抜けてゆきました。と、小屋で朝食食べてから出ると言っていた千葉の北川君が上がってきました。記念にパチリ。姫たちも大喜び。旅はみちづれ、気が合うとすぐ友達になれる。若いと尚いい?? んーこれだから山は止められんね~。。でもあるのよ。もっともっと山への気持ちなど伝えたいんだけれど、束の間他愛のないことば交わし、お互いの無事を祈り分かれた。
クサリ場をゆく-750ta   北川君と姫たち-750ta 

パーンし、少し自然の雰囲気を。七色とはいかなかったが、虹が出た。白き虹も乙なものだ。まだ8時半ながに、にじである。あっりゃ~ばかなおやぢギャグだー。雪渓をバックに咲くチングルマも綺麗だった。一等好きなタカネマツムシソウも一ヶ所咲いていた。が写真が今ひとつだったので今回は心のネガにしまっておく事にしよう。
虹-900   チングルマ-900 

早月小屋に戻り、腹と荷を仕切りなおし、長い尾根を下がりました。下り始めすぐに降られたが、大雨にはならず、馬場島に戻りついた頃には雨は上がった。この下山時、昨年最年少10歳で日本百名山を踏破した少女美輝ちゃんとすれ違う。下河ファミリーである。世の中にはすごいヤツがいるものだと思うと同時に、この世に生を受けたった10年ででかいことひとつやっちまうと、次の目標見つけんの大変じゃないかなーなどと、登り行くその小さな背を振り返りながらそう思った。

松尾平辺りで、おいらちと腹痛。沸点の低い高所での半煮えのらーめんが良くなかったと分析するが時すでに遅し。姫たちにはきったない所は見せられません。先にいっていただき、そこら辺のヤブにしゃがむ。ん~んと力み用は足したのですが、、、、その直後がいけません。ハチかアブかにおしり刺されました。2002年の火打山でお会いしたf田女史を思い出した。あの時は彼女おしり刺されたと言うので確か同行のあらちゃん(誰)が薬を差し出した様に記憶。オラはまだ痛かったがそのまま下がる。食べものには気をつけなければいけませんね。
無事帰り着く-900



登るのも大変だが、ややこしい難易度の高い長い下山道。雨にぬかるんだ登山道にぬるぬるっぽい木の根っこ多数。今回はなかなかのものだった。馬場島で温ったけー湯に浸かり全身開放感に包まれる。穴と言う穴はみ~んな全開、開きっぱなしーと言った形容だ。脱力感開放感150% あーさっぱり。

早月尾根からの剱岳、なかなか手ごわい、と言うか年々ハードルの高くなる長大なルートである。馬場島から、日帰りしたり、即日山頂経由剱沢に下り翌日登り返し馬場島に下ったりした以前の様なモチベーション今はないが、地味ながら趣のある実に静かなルートだ。そして何と言っても「お供」の役目は果たせた。「姫たちが山頂に立った」・・・これが今の自分の満足感である。今姫たち達成感満足感はいかなるものだろう、そしてそれと対峙する形になるが、姫たちの大腿四頭筋の筋肉痛も今ちょっと気になる。それは何故かと言うと、帰り早月小屋から1600標示地点までちょっと先を急いだからである。ともあれ、無事に帰り来れた、良かった。

前回の別山尾根ルートからに続き、今回のこの早月尾根からの剱岳登頂。今回もさまざまなことを復習・確認しながら歩く事ができました。いい山歩きであった。




※ 標高はmy GPS値より

※ 夏山通信Ⅳと言っても他にも山には入っているのですが、流れと言いますかタイミングと言いますか。。。これは個人的な勝手気ままなBlogですので、オラ載っとらんにか~もあると思いますが勘弁してください「山好きはみんな好き」悪意はありませんので、です(^^♪。

※ 初日馬場島出立の時、甥っ子(蛭谷の)に後ろから突然声を掛けられた。場所が場所だけに驚いた。先月息子が生まれたのだが、名前が決まったと報告を受けた。大智(たいち)だそうだ。これからパパだね。今まで通りでいいんだけれど、ガンバレよ。彼は仕事で河川道を車でまだ奥に入っていった。




夏山通信2009Ⅲ ‐立山/剱岳 ‐剱岳編‐
  
  剱岳山頂より剱沢-430ta
                            剱岳山頂より暑中お見舞い申し上げます


前日は上手い事早めに寝入る事ができ、翌朝は3時15分起床。睡眠時間バッチリ。剱岳の頂に立つ条件、あとは天候次第となった。過去剱沢での撤退という経験もあるし、何せこの時はまだ梅雨が明けておらず、空が一番気になるところだった。が、そこは晴れ男タクちゃんのお陰でOK、天気は味方してくれた。

小屋で朝食いただき出立。今回は最もスタンダードな別山尾根ルートより剱岳山頂を、朝陽浴びながら目指しました。剣山荘すぐ上斜面のコバイケイソウの大群生が取分け目を引いた。ほどなく一服剱(標高2618m)に到着。おいらの知らない内に、たくさんあるクサリ場にはナンバー付のりっぱなプレートが一つ一つに丁寧に設置されていました。剱岳登山については、語るより現場写真が物を言う様に思うので、写真中心に紹介。クリックするとでかなります(わかっとるわいって


一服剱横から、これから登る前剱(標高2813m)のガレ場登山道が見えいた。
前剱の門入口の様子とそこのクサリ場をゆくタクちゃん
一服剱から前剱-600ta   前剱の門入口-600ta   クサリ場タクちゃん-564ta
                 ジャンダルムを思い出した

平蔵谷と、別山尾根ルートの核心部と言われる岩場「カニのタテバイ」
前日室堂出立時先行してゆかれた若き岳人が登っているところだった。
平蔵谷-1100   タテバイⅠ-600ta   タテバイズーム-685ta


タテバイを登り安堵の時、歩いてきた山道を見下ろした。
何度見ても実にすばらしい高度感だ。
タテバイ上部より-1100


山頂(標高2999m)に到着。
山頂より剱沢-1100   山頂の様子-1100
    山頂社から剱沢方面         賑わい見せる山頂 


山頂にてひとときお茶タイムの後、山頂社に手を合わせ、下山
このコース下りの最大核心部「カニのヨコバイ」を通過し前剱に下がります。
下山開始-1100   ヨコバイ-1100   ヨコバイタクちゃん-600ta
   気を引き締め下山開始          これがヨコバイだ     ヨコバイのタクちゃん
                        年々チビリそうになる     タクちゃんは余裕だ


歩き終えた剱岳本峰を標高2830mから振り返る。平蔵谷から上、タテバイ、ヨコバイそしてそこから山頂に至る様子が容易に確認できた。また、一服剱辺りからは、移転新築された剱沢小屋の位置も再確認できた。
本峰振り返る-1100   別山尾根から剱沢-1100
                           左側が剱沢小屋


着地する足の位置が自分の意思と微妙にずれる、また、上げた足が思ったより上がってなくつまづき易くなってきた五十路の山歩き。余計な事考えず意識して「歩くこと」に集中しないとたちまち事故につながる中高年登山。剱沢小屋に戻り着き一息入れた。三代目新平さんが上がって来てた。友邦氏にビールおごっていただきそして弁当食べ荷をまとめ室堂に向かいました。立山三山縦走と剱岳登頂、ふたつを連日にこなした足に疲労は確実に来ており、ゆっくりペースで室堂に無事帰り着きました。


この二日間、抜きつ抜かれつ、帰路の剱御前小舎までご一緒的だった若いカップル。美男美女で、装備そつ無さそうだし足運びも上手、その上に控えめながらとてもとても爽やかな二人だった。つまり好感度高かったわけ。結果つきまとう様な形になっちまった「ストーカー的おやぢ達との山旅」、仲良くしてくれてありがとう。もちろんその様な意識はなかったのですが、あちらの方が歩くスピード速いものの、コース取りや休憩のタイミングが微妙に似ていたので、結果そうなったのです。ん~んこれが縁ってヤツだぜ。
若き岳人-1100
もうすぐ結婚されると最後にお聞きした。おめでとうございます。
だが「人生山あり谷あり」 であり 「これからが本当の愛かもしれない」 なのだ。
お幸せに。そして山歩き、長く続けてくださいね。

この時、剱御前小舎で哲也に会う。今から剱沢に行くのだと、でっかいでっかい荷を背負って下りて行った。忙しい時期だから特にがんばって欲しい。また後日室堂から雄山山頂に向け出動、猛ダッシュで駆け上がって行くk藤隊員にも会った。若き獅子たちが大忙しというのは実は困ることですね。そして最近、渋谷さん、池原さんにもお会いしている。おふたり共、変わらずチョイ悪おやぢ風で物腰柔らかく、なかなかカッコ良かったなぁ。



映画「剱岳 点の記」の公開もあり、今年は取分け賑わいを見せる剱岳だが、僕らが歩いた翌日にも前剱の門の岩場で死亡事故があった。僕らが剱沢を後にし剱御前に向かった直後すれ違った、大きなパーティー一行のお一人の様にも思われる。ご冥福をお祈りします。そして当世「誰でも登れるが、誰でも簡単に死ねる」・・・それが剱岳という山かも知れない。他にも捻挫や骨折、高山病等での事故が起きてることも容易に想像できます。山にベテランはない。「慣れ」が事故を呼ぶ。楽しみとしての山歩きは何より大切なのだが、その為にも「生涯登山初心者」、歳を重ねれば重ねるほどより強くこの事を意識し、山に対して謙虚でなければいけない、改めてそう思いました。


立山と剱岳、今回二つ同時に歩く事ができた
いくつかの点で、詳細ないい確認ができた
そして山に身をおき、山の空気を吸えた。


ふるさと富山の山よ、ありがとう。







夏山通信2009Ⅲ ‐立山/剱岳 ‐立山編‐
 
  空を突く雄山神社-430ta
                                  天空に届くかのごとき雄山神社


おっといつから夏山通信~?それもいつの間にⅢなが?勝手ながら7月からを自分の夏山と位置付け、だから、荒島岳、福島山行に続きこれがⅢなが。悪しからずです。今年の山歩きは、今までの経験から、"自分の山歩き" "自分のスタイル" というものについて少し考える年にしたい、でもあるものですから、今回は地元の山、立山/剱岳を歩いてきました。今回の相棒はタクちゃんだ。「沢男」と書いて「たくお」と読むのだが、以前同じ会社に籍を置いた、高校の2級先輩である(呼び捨てにしてすみません先輩)。昨年は同じ頃、蓮華温泉を基点に白馬・朝日と二泊三日ご一緒した。今回歩きながら話してて分かったのだが、タクちゃんはいわゆる晴れ男。下は良くなかった様だが今山行中ほとんど降られなかったのだ。ジリジリ焼付ける太陽が待ち遠しく「バッキャロー」と叫びたくなる今だ梅雨のこの時季に、もってこいの相棒だった訳だ(^^♪。では写真中心に山行の様子です。


初日は室堂ターミナルに文明の利器使い降り立ち、下から見て左回りに立山三山縦走、のち剱沢までです。ターミナル内で出立の身支度してる時にお会いした若いカップルが先行してゆかれました。僕らの小屋泊に対しテン泊という違いはあれど、このお二人とは2日間最後までご縁があることとなるのだが、それは後述としよう。
室堂出立の頃-600ta


一ノ越で一本立て、雄山山頂に向かいます。雲はありましたが、いつもながらの優等生的箱庭のごとき眺めに癒されながら行きました。時折青空も広がりモチベーションも上がります。比較的急な坂に時々休みながら登りつめました。で、トップ写真が山頂神社(人が立ってる所が標高3003mです)。
箱庭だ(^^♪-1100  青空だ-850  2950mから-600ta

この時期鳥居から向こう雄山神社は有料なので今回パス。下で「想い」お願いしティータイム、
ほどなく腰を上げ、富山県で一番高い天に近い場所「大汝山…おおなんじやま」に向かいます。


大汝山・・・3015mに到着。ここから振り返る雄山神社も好きな眺めだ
ゴタテ(後ろ立山連峰)との間に黒部湖(ダム)が見える。なかなかの高度感にしばし見入る。
大汝山-1100  3015から雄山神社-600ta  黒部湖-1100

息子らと3人でここを歩いた当時をちょっぴり懐かしく思い出した
が、おやぢにセンチメンタルは似合わない
大汝休憩所横でお昼食べ、富士ノ折立、真砂岳を経由し
別山トラバースルートから尾根越え最短路を採り、剱沢に向かいました。

やはり3000m級の山岳地帯、
カールに残雪、大自然の創り出す造形美とでも言いましょうか、すばらしかった。
何度訪れてもその圧倒的な景色に息を呑みため息が出る。
真砂岳への縦走路-1100  剱沢へ直行だ-1100  自然の造形美-1100


剱沢テン場に到着。富山県警山岳警備隊のn隊員が警備に入っておられことばを交わす、
大柄で坊主頭ときてる風貌の彼は、100m以上離れた所から見ても彼と認識し易い。
江尻さん(誰)もおられた。彼とは後で小屋で久しぶりに話した。
そして、室堂から抜きつ抜かれつ歩いてきたあの若いカップルは今日の宿テン場で休息
夜はまだまだ冷えるだろうが、若い男女だ。寒い訳がな~い。全く余計なお世話
剱沢テン場-1100  剱沢小屋に接近-800 
 

         剱沢小屋に到着。
         少し上から移転新築された今年にぜひ泊まってみたかった小屋だ
         別山方面をバックにした小屋のロケーション、
         何か日本じゃないみたい、雰囲気あって感じ良くうっとり、いいじゃん(^^♪
         小屋に着き程なく、映画「剱岳・点の記」のチーフガイドでもあった
              国際ガイド、多賀谷氏がお客さんと剱山頂から戻って来られた。
         剱沢小屋に到着-1100  新築「沢の小屋」-1100
         モデルはタクちゃん

今回剱沢小屋にお世話になったのには、「剱の大将」と呼ばれ、登山地図にその名(文蔵尾根)を残した名ガイド初代小屋番佐伯文蔵氏のスピリットを直に受け継ぐ、2代目主人友邦氏にお会いしたかったからがある。雲掴むような話ではあるが営業的な意味合いもあった。でもお会いするともうめろめろ~。受付済ますなりおいらの書いた住所眺め「くろべし・・おぎゅう。。くろべし・・おぎゅう。。。。」と繰り返された。そして明日歩く予定の剱山頂への登山道の最新状況を一通り話された後、また「くろべし・・おぎゅう。。くろべし・・おぎゅう。。。。」と言われた。どーしなさった~?と思ってたら、郷さん(元富山県警山岳警備隊員、40歳遭難救助現場にて殉職)を思い出されたのだった。郷氏と私の家は同じ小学校の校区なので、その住所が懐かしい友を氏に思い起こさせたのだ。ばあちゃんは元気なのかと聞かれた。そして「あいちゃオラの2つ下やったがよー ・・・」と次の瞬間視線を遠くに向けられた。その後に続くことばは「・・・ホントにいいヤツやったがに・・・」だと、友邦氏の表情は、そう語っていた。郷さんのお墓のとぼ石には剱ダンチョネ節が刻まれている事を思い出した。そして、以前ネパールに行ったとき現地で世話んなった方の弟さんにも会えた。何度会っても礼をいう自分がすこししつこいやっちゃなーと思った


  山岳景観ととびっきりうまい空気を楽しみリフレッシュ。心のこもった夕食もいただきました。
  豪華な夕食-750  二代目友邦氏里子ご夫妻と-750  二代目友邦氏と-750
   横浜のご夫妻と同席だった
   
   いくつんなってもミーハーなおいらは、
   友邦氏と奥様の里子さんとちゃっかり写真に納まってみました。
   嫌な顔ひとつせず、ありがとうございました。いい思い出ができました。



さて、当世山小屋事情もさまざま、ことばで表せる違いがあれば、上手く表現できないが何かが違う。。。そんな違いがあるもの。言い表せるところでは、「滞在優先型」と「登山優先型」。前者は、小屋の隅々まで整理整頓が行き届き、食と住を高いレベルで提供してくれ、山歩きについては本人優先。聞かない限り登山についてのアドバイスは意識的に控えるといったタイプ。一方後者は、小屋の整理整頓や食と住よりも、まず登山者の安全を最優先。聞かずとも小屋側からきちっり登山道の状況を話してくれる。もちろん荒天…と読めば、行かせない。立地条件等により出来る事と出来ない事があるにしろ、山小屋とはひらばの宿泊施設と異なり、前者と後者の割合こそ異なるものの、双方ミックスされて成り立っているのだ。そしてその比率は山小屋の経営者の考え方に大きく左右されるものなのだ。もちろん両方ハイレベルな小屋もあればまたその逆もある。そして、利用する登山者が山小屋に求めるものも・・・人それぞれ。至れり尽せり好みの人もいればかまって欲しくない、そういう人種もいる訳で、千差万別と言えるだろう。

剱沢にあって、剣山荘が前者に近く、剱沢小屋が後者に傾倒した山小屋である。近くにあってこれだけ性格の異なる小屋も珍しい。剱山頂には剣山荘の方がより近いので県外中心に剱岳登頂を目的とする方はそちらを選ばれるケースが多いようだが、好みの分かれる所だろう。私自身は後者的な山小屋がお気に入り。友邦氏の「高圧的でない」「押し付けがましくない」、厳しさを知っているからこその真のやさしさが、ことば・目に物静かながら感じられ、登山者の安全を第一に思う的確なアドバイスは、すばらしいと今回も思いました。

昨年までの小屋から場所を移し新しくなったこの剱沢小屋。新築と同時にお客さん用のシャワー設備も導入された。以前同様、玄関入ったらドラム缶さりげなく置いてあって欲しかったが、繁忙期だからだろう、今回それは無かった。 若きイケメン3代目新平さんも小屋入りしてもう幾年も経つが、一体どの様な方向にあの小屋はこれから向かっていくのだろう、そんな事も確認したかった、というのも今回泊まった否めない理由だ。


中学時代、学校登山でイヤイヤ歩いた立山。あれからもうすぐ40年、山を取巻く環境や登山者の質も変わっただろう。しかし以前一度書いたが、山岳スタイルとして、「挑むとか、征服欲」に比して「感じる事、癒しを感じに」がより似合うようになって久しい立山であるものの、そこはやっぱり3000mの世界。甘く見るとそれ相応のしっぺ返しがくる。「立山なんて。。。」とは中級岳人方の一部のウィスパーだが、それは人間の驕りであり、山への志向は人それぞれなれど、立山黒部というステージはもっともっと奥が深いとわたしは思う。今回は、単独で、パーティーで、そして学校登山の引率として、幾度と無く歩いてきた山道の、そのひとつひとつを「感じ、確認しながら」、例えれば何度と無く読んだ書を読み返すごとく、細かな部分、今まで気になってたことを確認しながら、ゆっくり歩く事ができた。いい立山三山縦走登山だった。疲れはさほどなかったが、期待通りの心地よい小屋と程よいアルコールの酔いに任せ、軽くふかふか気持ちの良い布団に体を沈めた。そして夢見に落ちるまでまばたきすることのなかった静かな夜だった。


・・・2日目剱岳へつづく(予定)