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Author:シュンちゃん
シュンちゃんのブログにようこそ。還暦近し私の人生。いろいろあるけれど、一方通行、リピートできない人生という旅は一度っきり、自分らしく駆け抜けたい、そう思っています(^^♪

若い頃ふれた歌や映画やドラマが好きです。またやがて徘徊老人になった時、嫌われても化けてでもおうちに戻って来れる様にと、風吹く稜線目指し、山を歩くようにもしています。冬はスキー山行が多いですが^^;

また「衣食住」などと云いますが、取分け食べる事って別格! 生きてく上で&健康に切って切り離せない。覚えようとか人より上手くなりたいと云う事からではないのですが、料理も都度やるようにしています(#^.^#) いつ独りになるか分からんし。

その日その時々、思ったこと感じたこと、心に浮かんだ歌や映画やドラマ、そして出かけた山のことなどを、書きたくなった時、気持ちが動いた時に書いています。文章や写真は随時変更したり削除したりもします。なので適当に読み流してください。

       since 2008.8.28 



さらばシベリア鉄道
    


1980(s55)年11月リリース、作詞 松本隆 作曲 大瀧詠一 「さらばシベリア鉄道」
たたみ掛け迫り来るよなリズムが緊迫感と共に何故か心わくわくする作品。大瀧自身がレコーディング中に、ん、これは女性に歌ってもらった方がいいのでは?と思い立ち、太田裕美に提供した楽曲である。

しかし、な~ぜ太田裕美だったんだろう?
シベリアとあの甘ったるい声って一見合わない様に個人的に思うのですが。それが妙に白亜の大地ロシアと合うのかな?行ったことないけど。映像は太田裕美、岩崎宏美、そして今は亡き本田美奈子のコラボですが、歌は岩崎宏美がバツグンに上手い。岩崎宏美という歌い手、声の張りとリズム感、声の安定感に伸び、比類なくすばらしい。しかし大瀧が太田裕美にと思ったのだから、こりゃーしょうがない。

そしてこの作品がなぜ自分の心に残ったのか?歳と共にその存在がなぜ大きくなってきてるのか?と言うと、大瀧詠一がお気に入りであった事はもちですが、「シベリア」ということばに反応したからです。実は亡き父が終戦から4年間、シベリアで捕虜として過ごし、生き延びて日本に帰ってきた男であったからなのです。いわゆるシベリア抑留者だったのです。ばあちゃんは敦賀の港に幾度も迎えに行ったが息子帰らず、「岸壁の母」宜しく、てっきりもうだめだと思っていたと言っていた。

父は、戦地で地獄を見た上に、見知らぬ寒い土地での強制労働に戦友が何人も死んでゆく中、自分が生き延びれたのは料理が出来たからだったと生前言っていた。捕虜生活に恐怖や惨めさもあったでしょうが、食事係としてロシア兵の世話をして、結構かわいがられていた様なことも言っていました。

しかし父にとって、さらばシベリア鉄道!はどんなにか嬉しかっただろう。

父には引き上げ後のエピソードがひとつあります。
辛く苦しい捕虜生活からやっとこさ家に戻った時、父が見たものは私の母
当時独身だった私の母は、ばあちゃんとすでに5年以上一緒に暮らしていたそうで
「あんたと一緒にならんにゃもう行くとこがない」と言ったらしい
それを聞いた父は、も一回シベリアに帰ると言ったとか言わなかったとか。。。
母は人生の大勝負に出てたということだろう
っで、翌年私の長姉(7歳上)が誕生する事になるのである。
あーめでたしめでたし

※ 父はスリムで無口でかなりのイケメンだった
  メタボでおちゃべのおいらは、間違いなくその押しかけ女房の母似であ~る。

この歌を聞くとき
自分がはたちん時に亡くなった父を想い
時には柄にもなく目頭熱くしながら、こんなことを思い出すのです。

芸術の秋

 会場の様子②-460
 

 会場の様子①-460 


藤井栄子・パステル画展「癒しのアートボックス」を、最終日の昨日訪ねました。山を中心としたテーマで描き続けておられるから毎年見に行きたくなるのかも知れません。6年前大地山をご一緒させていただいて以来の山友でもある女史の今年の作品は、現在「アートセラピストインストラクター」を目指し勉強を続けておられることもあってか、今までに増しより「柔らかさ」「ぬくもり」「おちつき」そして「精神的な大きさ・ゆとり」を感じるものでした。上手く言い表せませんが、ことばでつづるより感じるものなんだね、きっと芸術って。

山というのは晴れてる時歩くのが一番とはよく言われますが、女史が所属する山の会「好山病友の会」のメンバーは、雨が降ろうが雪が降ろうが、吹雪こうが風吹き荒れようが、とにかく出かける兵ぞろい。「雨天結構!」集団。
彼ら彼女らは「山の喜怒哀楽」つまり、山が喜んでいる時、山が怒っている時、山が悲しんでいる時、そして山が楽しんでいる時、と、あらゆる「山の表情、感情」と向き合っておられる。五感でそれを感じ取っておられると思います。その様な山行形態から、山に対して飽くなき深い想いと行動力実行力を持ってらっしゃると思います。
そして、その会を軸に登山を続けている女史であるからこそ、画にはおのずと無意識の内に「本物の味」が刷り込まれ「魂」がこもるのでしょう。正しくワンダフルである。

その作品に囲まれながら、「好山病友の会」主催の打上げにゲストとして今年も参加させていただきました。と、それはそれ、芸術より酒と団子とたわいない会話。話題がひとつ出てもその話しが完結しないままどんどん次から次へと進みます。湧いては消え湧いては消えのエンドレス。そんでもって何~んでかしまいにはマッサージごっこ。特にhちゃんの細い指は魔術師のごとく繊細に動く。気持ちいかった~~。




所用で来られなかった田村さんとイヌ(哲也)差し入れ昆布巻きのコラボに皆大喜び
差し入れのコラボ


あれ~これまだくっついとっぜ~(by元ちゃん)  
(言ったのが元ちゃんだけに) ほんまや~(←創作) 今切るちゃあ~(byねぎ)
あれ~これくっついとっぜ~


ドリンクは各自持ち込み制。コーラとサンキストを大量に持ち込んでたイヌ
ところが、飲めないアルコール、慶事ということからだろうか、飲んでいた。レア画像。
哲也、めでたき集いに飲む!


画と酒と再会に酔い、みんな、ヨイヨイヨ~イ、ってところでしょうか
この頃からカメラは自分の手から離れ、みんな勝手にパチリパチリ
名画と酒に酔い、ヨイヨイヨイッ~


飲むほどに話すほどにテンション上がり ♪ルネッサ~ンス!  みんないい顔してる 
ルネッサ~ンス


ネコの手はもみ上手? 肉球がいいのかも。。。 hちゃんは何に爆笑?
何やらマッサージで盛り上がるの図


だんだん「赤ちゃんパブ~」になってきたぞ~(*^_^*) 
K&M夢見心地 もう、いきそ~ ←マッサージが心地よくてですよ~
どさくさに紛れて~


揉みつも揉まれつ~ なーんか、良い子の遊戯っぽくて、いいじゃん^_^;
もみつもまれつ~





「なぜ山に登るのか?」とは山屋への永遠のクエスチョンでありテーマ、
その答えは、人さまざまだと思いますし、上手く表現できないものかも知れない
だが、今の私には明確な答えがあります。それは

      山は、癒しと元気と、そしてかけがえの無い友を与えてくれるから 

                                                である。
今宵画に酔い 酒に酔い
そして実力派で心ピュアな山屋たちとの再会に酔い
時の流れを忘れて過ごしたひとときは、大きな癒しをわたしにくれました。


立山室堂自然保護センターに勤める友人から電話があり
現在室堂積雪40㎝、根雪になるだろうとのこと。
立山が本格的な冬篭りに入ったことを知ったのは、
          夢の様な楽しいひとときから家に戻り一息ついた、ちょうどその時だった。




西笠山(1697m)

下がる

5年振りに西笠山(1697m)に出かけました。くるくる変わる予報の中天気に味方されての沢づたいでのもの。無雪期では初めての登頂となりました。このルート沢道に加えてやぶにも恵まれ?冒険的要素盛りだくさん。M心がうずきます、なんのこっちゃ ^_^;。。。そして気がついてみれば沢をやらないのはおいらだけ~~。正に異種格闘技戦的山歩きに少し緊張しましたが、メンバーのフォローとほぼ涸沢だったのでなんとかついて行く事ができました。


沢とやぶにしごいてもらった後には、ごほうび極楽の草原が待っていました
いっとき草原に遊びながら、東笠山から西笠山へ向かう
草原にあそぶ 東から西へ


三角点とsちゃんyちゃん
藪でだだっ広い山頂でsちゃんがこの三角点をいち早く発見した
三角点sちゃんyちゃん


yちゃん作成、西笠山山頂の証 
登頂の証


ここを訪れることは頻繁にはないと思い、みんな寄って収まってみました
西笠山集合写真


薬師岳は「薬師島」になっていた。「雲上の空母」にも見えた。とにかくでかい。東笠山山頂より
薬師岳が「薬師島」に


西笠山まで行き、戻って東笠山での大休憩時は、おいしい豚汁で温まり、志むらの寿司に舌鼓打ち、また今回は「mたんウェルカムフィフティー」山行でもあったので、ケーキも振舞われるという豪華版でした。そして水須・小口川線から入り、下山後有峰湖・小見線から亀谷まで周遊し、近年まれなる紅鮮やかな紅葉も堪能できた充実の一日となりました。ワイワイ言いながらも、参加されたみなさんのおかげで、後味のいい心落ち着く静かな山歩きを満喫することができました。あーちあわせ~ 
そして、みんなありがとう。



81(S56)年2月は大雪だった



大瀧詠一 ♪君は天然色
発売当初はシングルカットされてない。アルバム「ア・ロング・バケイション」に収録された曲
歌詞はともかく、比較的軽快でノリのいい作品である。
「さらばシベリア鉄道」も収録されているが、その中で今でも取分け好きなのは「恋するカレン」
むむっ??では今宵紹介したのが何故「君は天然色」なのか、、、それはな~いしょ。

この作品が世に出される直前81年2月は大雪だった。いわゆる56豪雪(S55.12~56.3)である。どうして憶えてるかというと、今はとんと見なくなった幌付トラック(三輪ではない)に家財道具を積み込みそれを自分で運転し東京さから引き上げてくるS56年2月後半、米原から日本海側に入ったとたん猛吹雪。福井で高速下ろされ延々下道を走ったからです。今なら学生も荷物は少ない上にみんな親任せ業者任せなのかも知れないね。今より「生きる力」あったかも。

大事な事はすぐ忘れることが最近多いのに、「心のネガ」っていうやつはすごい
天然色とは程遠い、色あせたセピア色と言うか、、、ほとんどモノクローム色なしだけれど
いつまでも心の奥底にきちんとしまっておいてくれ、時たま思い出させてくれる、不思議。。。
因みにこの歌の発売の直前からこの年爆発的にヒットしたのが、寺尾聡「ルビーの指輪」でした。

好天に誘われて

ここの所あまりにもいい天気が続くので、家ん中でだらだら過ごしてもなんだと思ってた所に、珍しく家内も午後から予定がないと言うので、紅葉と野天風呂を目的に、午後からふたりで蓮華温泉に出かけました。近所に買い物へってのは時々ありますが、ふたりきりでドライブ~などというのは一体いつ以来だったんだろう???




蓮華街道は光の魔術にかかり燃えていた。 しかし僕たちがもえる事はなかった(*^_^*)
  蓮華街道








蓮華街道にはライダーが似合う
     ハーレー950



今年の紅葉は全般的に紅も黄も色がこゆいようです
     湖畔にて①-950



途中の湖畔にて 
     湖畔にて②-950



仙気ノ湯 ・・・ロッジが3日後(10/20)に今年の営業を終える事もあり
         天気にめぐまれた最後の週末である今日は賑わっていた
         かなり賑わっていたので、家内は気後れし肌を見せる事はなかった
     仙気ノ湯-950

         ロッジ-950



帰りはお気に入りのそば処糸魚川「おだじま」に立ち寄る
     おだじま



半日のドライブでしたが、こどもらのこと、家のこと、仕事のこと、趣味のこと・・・etc.etc.久しぶりにゆっくり話し合うことができました。頻繁にってのは辛いけど、季節に一度くらいはこのような時間を持つこと大切だと思いました。なんせ、僕らは人生のパートナー、運命共同体だもんね。二人でいるだけで、だたそれだけでな~んにもいらな~い、なんてそんな時代は遠い遠~い昔。今はこどもの為と言うか、情(なさけ)と言うか、人類愛と言うか、その様なものでつながっているもよう。お互い各々の趣味を楽しみながら人並みの寿命を全うしたいものです。



小屋閉め2008

仲良くしてもらってる北ア最北端の営業小屋・朝日小屋の小屋閉めの手伝いに今年も行ってきました。北又からのルートの紅葉はいつもは草紅葉が主役なのですが、今年は初雪山や定倉山も赤や黄色に染まっており例年に比べ、木々色づく山を楽しめました。
 
 
夕日ヶ原を行くエプロン部隊 (・・・「エプロン部隊」とは小屋でお手伝いする人たちのこと)
色づく周辺の紅葉は、この山域としては例年になくとてもきれいでした

     夕日ヶ原をゆく



畳を上げ部屋もきれいに掃除

     畳上げ



きびしい冬に耐えれるよう外もしっかり戸締り
山では「男女均等」は二の次
力のある男衆が外仕事、厨房などの中仕事は女衆が担当。その方が事は上手く運ぶ

     外回り



一日の仕事が終わり食堂からふと目を外に向けると、雲海が広がっていました

     食堂から



後北アルプスのスーパースター「白馬岳」夕景
夕日にほんのりピンクに染まっていた。僕らは小屋ん中で連日赤く染まってました(*^_^*)

     白馬近景



最後の夕焼けは殊の外すばらしかった
夕焼けは撮らない主義なのですが、この時は無意識にシャッターを切っていた

     夕焼け



また来る日まで
各々がそれぞれの気持ちを心に秘め、小屋に別れを告げる

     また来る日まで





清水管理人ほか小屋のスタッフ全員が10/15に小屋を後にしました
これで小屋はきびしい大自然の静寂の中、来年6月中旬の小屋開けまで冬ごもりに入りました。



シングルって、どーよ?!

「・・・友人がシングルんなったんで・・・一杯やろう」
ってな電話が、当日になって入りました
中高年離婚って昨今珍しい事じゃないんだ
・・・ 自分の子に限って ・・・宜しく
・・・ 自分のつれあいに限って ・・・は、もう古語なのかも知れない
♪ そんな時代もあ~ったねっ~て~ との時代認識が自分に急がれてるのかも
でも、おいらシングルファザー(おやぢ)にはなりたくないよ~

だけれど、知り合いでもない自分がな~ぜ?一緒に一杯やらんならんの??
分からん・・・分からん・・・どれだけ考えてもよー分かりません
この話し、実は「友人がゴルフでシングルになった」という話で
記念コンペが終わり一通り懇親会が終わった後、折角当地に来るので
仕切りなおして一杯飲ろうと言う話だったのです。

っで山談義とカラオケで盛り上がりその夜は更けていきました
話題が出ても話が一向に結実しない^_^;
そんな他愛ない話が次から次へと飛び交う中
「早とちり」と「思い込み」って、時にはいろいろ考えさせてくれるもんやなぁ、と
相手の顔みながら、思わず思い出し笑いしてる自分がそこにいました。



訃報
 
 巨星がまたひとつ消えた
 役者 緒方 拳、享年71歳
 
 狂気から牧師まで
 一つの型にはまらず
 幅広い演技のできる名優だった
 日本を代表する実力派俳優だった

 ご冥福をお祈りします
 長男乾太氏次男直人氏
 ご存知どちらも、カエルの子はカエル



シリーズたくろう

    


  南沙織の為につくられたと言われる「シンシア」
  よほど好きだったんだろう(*^_^*)
  そしてシンシアのあの頃の純な感じ、すご~く伝わってくる
  きゃわゆいなぁ^_^;

  沖縄出身って言うと具志堅用高が同じような時代でしたが
  歌手で自分が憶えている最初が南沙織  
  彼女の17才(昭和46年6月リリース)と言うレコード
  中学2年生の時、こづかいはたいて買いました
  時折、プツッ…プツッ…という円盤のアナログ的ノイズが懐かしい
  因みに彼女と小柳ルミ子の誕生日は同じ7/2
  年齢は南沙織が2つ下ですが

  拓郎の歌は激しいのもいいが、スローと言うか軽快なのも好み
  それにしても、姿かたちは変わっても、声って変わらないもんだ



歩かない山

快晴に恵まれた立山雷鳥沢でゆっくりしました
浄土山にも立山にも、剱岳にも奥大日岳にも・・・山はどこも登らず
ただただ、本読んだり風呂行ったり景色眺めたりして過ごしました
あ~ ち・あ・わ・せ~~


雷鳥荘前より
雷鳥荘前より雄山-675



雷鳥坂近景
雷鳥坂近景08秋-675



もうすぐテン場
もうすぐテン場-675


テント内より雄山中腹
テント内より雄山中腹-675


立山夕景
雄山夕景-675



紅葉新室堂乗越方面
新室堂乗越への道-675


最後はこれで決まり・・・ブルーベリーソフト !(^^)!
最後はこれで決まり-675