旅のしおり
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Author:シュンちゃん
還暦。思えば遠くに来たもんだ。人の命はいつか必ず果てる。生きる軸足である山のほか、本にしおり挟むよに、趣くまま時折生きし証ここにつづる。齢ゆく者のボケ防止備忘録ブログです。適当におつきあいください。
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読了 「菊月夜」 – 20170929(金)

菊月夜 -20170929

山本周五郎 「菊月夜」 読了。 
秋らしいタイトルに惹かれ読んでみた次第(笑)
昭和九年から二十三年に発表されたもの、
表題含め十の話し(一つだけ中篇)が収められている、
その中篇以外はさくさくっと読める。

戦前戦中そして戦後間もない頃に著された作品群だけに、
価値観180度逆転すると云ったことモチーフにしてる作品が印象的でした。

時代もんの表紙はジャパニーズで好きなのですが、
これなども、やわらかな上品さがあって、お気に入りです。

余談ですが、生業が山中の温泉旅館の番人だからでしょう、
オフはどうもインな本読みや近所のスーパー徘徊が多いこの頃です。

以下私的メモ
----------------------------------------------------------
■其角と山賊と殿様 …昭和九年二月 「キング」
  大名の為には俳諧をせぬという一徹で酒好きな其角が体験するこわ~い話し。
  「霜を見る蛙は百舌の沓手かな」

■柿 …昭和十四年二月 「現代」
  亡き父の思い大事にし自分の出世棒に振るどころか左遷されし辰之助。
  そのような思いに翻弄誤解する兵馬、小房兄妹。熟柿がつなぐ二人の仲。

■花宵 …昭和十七年四月 「少女の友」
  兄弟、清之助と英三郎。ふたりへの母の扱い方が違う。 一人が継の子一人が実子。  

■おもかげ …昭和十八年七月 「少女の友」
  七歳で母を亡くした正之助。自分の良縁を諦めてまでそれを育てる叔母。
  武士として。 叔母の思い。

■菊月夜 …昭和十九年十月 「講談雑誌」
  松谷権太夫が娘小房という許嫁がありながら、疋田家の婿にとの話しがでる信三郎。
  そこに秘められた訳真相とは。そして出家する小房。せつない。仇討ちの物語。
  「ああ、月が出た」

■一領一筋 …昭和二十一年九月刊収録 『菊月夜』
  内田覚右衛門の部屋住み息子三男の圭之助は、文武双方に優れ、婿入り先も十二からあるという超人気。それが自ら希望し癇癪持ちで名高い鴨部五郎左衛門の家に婿入り。鎧一領槍一筋、泰平の世に武士とはどう生きるべきなのか。終わりはユーモラス。

■蜆谷 …昭和二十二年三月 「新読物」
  慶長五年領主石田三成一代の合戦があるため、心ある者は陣へ参って働くようにとの布令に蜆谷から他の二人とともに出た弥之助。負け戦で蜆谷の村に帰ると英雄視し送り出した村人の態度は一変。冷たくあしらわれる。母は田畑売り果たしやつれ、嫁して四十日だった妻は離縁され実家に帰っていた。吟味所でのお裁きや如何に。そして村に帰った弥之助、お八重。村人たちに語りかけ始めた。

■忍術千一夜 …昭和二十三年二、五、六月 「新物語」 ※400字詰め原稿用紙150枚ほどの中篇
  よくわかんな~い!(^^; ふしぎちゃんな話し。飛騨の国保良郡吹矢村、主人公八百助、極悪なる下男出来六。洞瀬山曾古津様(曾古津神社)。権右衛門(ごんえむ)、娘おせん、酒と博打の好きな道楽息子二人、成木持助(大阪の大きな材木問屋の次男)。悪役人蓑賀参蔵、お杉姐さんに、権頭、中将、杢。難しい漢字言い回し多いものの、講釈師語りかけるよな出くわしたことのない文体文字の息継ぎ表現。醜態に生まれし男の、冷たい村人たち、悪行重ねる役人商人たちへの復讐物語。破天荒ダイナミックな筋書き。最初とても読みづらかったが、気づけばファンタジックワールドへ入り込んだような、そんな物語。登場する人物、地名もなかなかナイス。「忍術千一夜」というタイトルが凡人な私には今一つピンと来ない。第一話「艶妖記」、第二話「三悪人物語」からなる、本書唯一の中篇もの。

■留めさんとその女 …昭和十年九月 「アサヒグラフ」
  三十八になる水夫で純な男留さん。倹約家で酒は一合、あとはもらい酒決め込むと云う徹底ぶり。そうくれば世の中お決まり。金が出てく何かができる。で女にハマる。もう三十八だし。幾人かに逃げられそしてまた女ができた。よくあるウブな男と百戦錬磨な女との話し。「てけてんてん、すててんてん」「おらあも、そろそろひと花咲かしてもいい頃だなあ」。時代物のような現代もののような、超短篇。

■蛮人 …昭和十一年八月 「アサヒグラフ」
  石灰工場で働く七人…男四人とその妻たち三人。
  そこで事件が。人が最後にゆきつくような場所での乾いた切なく悲しい話し。
  これも時代もののような現代もののような、超短篇。

読了 「ひとごろし」 – 20170919(火)

ひとごろし -20170919(火)

山本周五郎 「ひとごろし」 読了。 表題含め十の話しが収められてる。
ひとごろしなどという物騒なタイトルにチトひいちゃいますが、話しにゃんともかわいい、
わたしとしては 「怖いよ怖いよ 人殺しさーん!!」 に変えてほしい、そんな話でした。
問題解決にはいろんな方法があるものだと改めて感心、読み進めて落ちついた次第です。

ほか
「壺」 「暴風雨の中」 「雪と泥」 「鵜」 「女は同じ物語」
「しゅるしゅる」 「裏の木戸はあいている」 「地蔵」 「改訂御定法」

どれも読み応え十分!ひゃっほー!!深い。 とりわけ、
「女は同じ物語」 時代もんですがまんま現代ものじゃない(笑) おもしろかった。
「裏の木戸はあいている」 「改訂御定法」 は、政に携わる人々必読だとも。

周五郎ワールド、浸りすぎると濃ゆすぎて疲れますが、読書の秋にはお薦めです。

読了 「寝ぼけ署長」 – 20170906(水)

寝ぼけ署長 -20170906(水)

山本周五郎 「寝ぼけ署長」 読了。 周五郎には珍しい現代もの。
と云ってはみても、昭和二十一年から一年余りの間に発表されたものですから、
もうかれこれ70年ほど前に書かれたものですが。

十の話しからなり、一見タイトルのよな署長が、事件を解決してゆきます。
一般的な事件簿のようにスッキリ!解決しないことに最初歯がゆさ覚えましたが、
そしてややオーバーフィクションなる話しあること否めませんが、通して弱い者の味方であります。

読み終え心に残るのは、憎むべき悪は、正直で貧しい者が一線を越え法を犯したという
その事のみにあるのではなく、法の網の目を巧みにくぐり抜け、法すれすれ己の欲のために
世渡りする者たちこそ、実は最も憎むべき対象であるとみている、という点です。 
本当に貧しい者は罪を犯す暇などない。 犯罪は懶惰な環境から生まれる。
安逸から、狡猾から、無為徒食から、贅沢、虚栄から生まれる、
決して貧乏から生まれるものではない、と云うものの見方です。 

そして、現実問題この様な署長がいたなら、現在の組織では窓際行きか、
お暇出されるでしょうが、所詮人間などと云うものは小さな悪事もしながら生きてます、
爪の垢煎じて何とやら、人間性豊かな血の通った組織であってほしいものです。

「中央銀行三十万円紛失事件」、「海南氏恐喝事件」、「一粒の真珠」、「新生座事件」
「眼の中の砂」、「夜毎十二時」、「毛骨屋親分」、「十目十指」、「我が歌終る」、「最後の挨拶」
私のお気に入りは 「毛骨屋親分」 ありえないでしょ!ってところが痛快で面白かったです。

読書の秋、秋の夜長にみなさんひとついかがでしょ、
まー私の場合は飲むとすぐに寝ちまうのが悩みの種なんですが。

夏終わる - 20170830(水)


                                           91年リリース 「さよなら夏の日」

梅雨明け前ひと月の高温続きに、明けたと思ったら時雨る日の多かった今年の夏も終息、
同時に二ヶ月に渡り休業を強いられた山の宿の仕事も始まります。 長い夏休みも終わります。
浮き世に漂う中気分は達郎、にわるさんな感じアンニュイで良いです。 たまに浸りたくなります。

好きなのでもう二つ 
95年リリース 「世界の果てまで」 CMにも使われたように思います、
軽快でやわらかい耳触り、南の国に行ってるようで心地良いです。


88年リリース 「ゲット・バック・イン・ラブ」
その昔バブル終焉期の頃やってたTVドラマ 「海岸物語 昔みたいに」 の主題歌、
渡辺裕之、賀来千香子、島田紳助に、山口美江らが出ていましたが、なんつっても!
悩める青春期演じる奥田瑛二が忘れられない。



と、同級生Sくんから電話。 今日でぴったし!定年になったと。 S家と云う名門家にあって、
宮仕えする事自体が例外的かもですが、そこは時代でありしかも部屋住みの身の上、
長い間お疲れさまでした。 区切りに一献交わしたいのですが、日が合わずとても残念でした。

さて、これにて松田聖子 「風立ちぬ」 な秋、そして越中富山は今年ももうおわらです。
(これだけ大瀧詠一、失敬)

読了 「おごそかな渇き」 – 20170815 (火)

おごそかな渇き -20170815(火)

山本周五郎 「おごそかな渇き」 読了。 表題含め十の話しが収められている。
表題作が唯一現代ものであり、周五郎の絶筆、未完成作品となりました。

お気に入りは「かあちゃん」、「紅梅月毛」、 「野分」、「もののけ」ですが、
どれも幕内上位レベルすばらしい、
それぞれにそれぞれの味わい、読み応えがありました。

-----------------------------------------------------------------------

■「蕭々十三年」(武家)…ぬけ駆けの功名良しとせずで役を解かれて十三年、
                 爆発寸前の蔵に人壁となり黒焦げ命落としながら大惨事を
                 防ぐことにより主君に尽くす。

■「紅梅月毛」(武家)…五年前関ヶ原の戦で名を上げしも生き別れになった名馬と再会。
               その老いたる月毛と御前の馬場で再び名を上げる。

■「野分」(武家)…落胤の身から世継ぎにという定めに、武士を捨て町女をもらい
            さっぱり町人として生きてゆきたいと願うが、、、という男の話し。

■「雨あがる」(武家)…文武双方に稀に秀でたるものの何故か仕官の道に縁遠い、
               今の世にもいるいるな性格悲劇的物語。

■「かあちゃん」(市井)…貧乏人同士は隣近所が親類助け合わなければ生きてゆけない、
                 そんな中長屋連中に冷たく当たりながら、五人の子と共に稼ぎまくり
                 貯め込む女お勝、そこに盗人に入る食いつなげない若者。
                 盗人に入った若者とお勝一家、そして稼ぎまくる裏にある事情とは。
                 無償の奉仕の物語。
                 話しが分かり易く、さっぱり江戸っ子気質が小気味良い。そして泣ける。

■「将監さまの細みち」(市井)…病身を口実に甲斐性なし怠け者な夫と幼子を抱えた女が
                     岡場所に身を売り何とか生きている。
                     そんな夫婦と幼馴染の男との物語。

■「鶴は帰りぬ」(市井)…飛脚と宿場の女の話し。 恋慣れない初々しい男女の物語を、
                世話焼き大年増が、語りべになって語るというスタイルが珍しい。

■「あだこ」(武家)…あることをきっかけに生きる力を無くした武士と
            そこに転がり込む様に現れた下女との心温まる話し。メルヘン喜劇といった作品。

■「もののけ」(武家)…京から因幡の国へもののけ退治にやってきた検非違使たちが
               もののけに次々殺められてゆく。竜宮城的で幻想的な物語。

■「おごそかな渇き」(現代もの)…周五郎の絶筆となった作品。 未完作。 舞台は昭和36年。
                      宗教的哲学的。「現代の聖書」を描きたい、と云うのが
                      この「おごそかな渇き」に賭けた山本周五郎の抱負だったという。
                      未完と云うこともあり読後すっきりしない。


読了 「大江戸猫三昧」 – 20170813 (日)

大江戸猫三昧 -20170813(日)

「大江戸猫三昧」 読了。 十からなる短篇集。
岡本綺堂 「猫騒動」 、古川薫 「黒兵衛行きなさい」 、森村誠一 「猫のご落胤」
池波正太郎 「おしろい猫」 、島村洋子 「猫姫」 、光瀬龍 「化猫武蔵」 、海野弘 「大工と猫」
高橋克彦 「猫清」 、小松重男 「野良猫侍」 、平岩弓枝 「薬研堀の猫」

現在わが家に三匹の猫がいますし、猫好きということもあり食指動きました。
面白いのもありましたし、よくわからないなぁ、、、そう思うのもありました。
こういった複数の作家が一冊に収まってますと、その趣の違いがよく分かります。

本は、そのストーリーの確かさ、面白さ、表現の豊かさ、美しさ、品、そこから浮かぶ情景、
登場人物のキャラ、魅力、行間に潜む味わい、情緒、読み終えての読後感、余韻、
そのようなものが合わさって、読み手の評価が決まるものと思います。
好きなジャンル、時代もの現代もの含め、そういった事でお気に入りな作家が決まるのでしょう。

一方、上に書いた要素の全部あるいは殆どが高い次元であることは稀です。
陸上の十種競技や水泳の個人メドレーの選手に得意種目とそうでない種目があるように、
物書きの方にもそれはあると思います。 全部が全部高レベルでなくても読む者の心惹きつける、
何か突出したものがあれば良いように思います。 逆に全体的な完成度高くても、凝り過ぎ、
きちきち詰め込み過ぎは、息苦しくて、大きな感動は得られないようにも思います。

読了 「月の松山」 – 2017.8.3 (木)

月の松山 -20170803

山本周五郎 「月の松山」 読了。 表題含め十からなる短篇集。
昭和十二年八月から昭和三十年三月の間に書かれた。 一つだけ現代小説。

戦前の代表作 「小説 日本婦道記」 に戦後の 「柳橋物語」 、その後世に出る
氏の代表作と評される 「樅ノ木は残った」 と同じ頃に並行して書かれた作品群。

人情ものあれば推理小説的なものにメルヘン的なもの、
戦中戦後当時の世相感じるものにハードボイルドぽいものと中身多彩でした。
「こんなのどうだろう」 と周五郎模索したんじゃ?と云う作品集の様にも思いました。

読み物として完成度高く面白いのは 「お美津簪」、「初蕾」、「追いついた夢」
も一度じっくり読み味わいたい思い残るのが 「羅刹」、「荒法師」、「壱両千両」

ほか
「松林蝙也」、「おたは嫌いだ」、「失恋第六番」

読了 「蔵の中」 – 2017.7.27(木)

蔵の中 -20170727(木)

先に読んだ松本清張 短篇時代小説選 「夜の足音」 に続き、「蔵の中」 読了。 
清張のシリーズキャラクター作らない一話読み切り完結集。 表題含め五つからなる。 

与力、同心の下働きをする町人を、岡っ引き、目明かし、御用聞き、と云い、
彼らを主人公とした時代小説を一般に 「捕物帳」 と云いますが、これ殆どがそれ。

その面白みは、何といっても複雑で魅力的なトリックと論理的な種明かし、
加えて人気テレビにある様に、主人公と下っ引きのキャラ持ち味魅力でしょう。
「夜の足音」 同様話しは平幕レベル(あくまで個人の感想)。 どれも作られ過ぎかな。。。
お気に入りは 「七種粥」 。 毒殺事件をモチーフにしたものです。

ほか 「酒井の刃傷」、「西蓮寺の参詣人」、「大黒屋」

まだ夏がやってこない2017年、平成29年七月がもうすぐ終わろうとしています。


読了 「夜の足音」 – 2017.7.19(水)

夜の足音 -20170719(水)

松本清張 「夜の足音」 読了。 表題含め六つからなる短篇集。
先だって読んだ氏の時代物すばらしかったので読んでみました。

「甲府在番」ほどわくわく感ときめき感感動なかったものの、
時代考証正確なることに定評ある松本清張です、安心して読めました。
好みとしては温度差あるものの、なんとか幕内といったところ。 さくさくっと読み流し。
もうちょっと清張読み進めてみようかな。

読了 「驟り雨」 – 2017.7.14 (金)

驟り雨 -20170714(金)

藤沢周平 「驟り雨」 読了。 表題含め十の短篇集。 
市井の底辺に生きる江戸庶民のワンシーン、
モチーフとして小さいながら 「あるかも!」 をさらりと書き残した感が残ります。
弱き者大切にする人、男と女、そしてゆき過ぎた正義感をさくっとつづっている、
一話一話に感ずるところ思う処ありますが、ん~ともあれ!気負わず読み易い一冊 (^^♪

このとこすっかり文学青年、失敬、本読みおやぢであります。

読了 「闇の歯車」 – 2017.7.6(木)

闇の歯車 -2017.7.6

藤沢周平 「闇の歯車」 読了。
これ 「狐はたそがれに踊る」 として別冊小説現代に発表されたものを改題し、
翌年昭和52年に 「闇の歯車」とタイトル変え単行本で刊行したというもの。
このところ山本周五郎の人情ものにどっぷり浸かってたので
梅雨時でもあり少し乾いたものを、からのチョイス。

酒も料理もそこらの今風と違うきちんとしたもの出す赤提灯の飲み屋に集まる常連四人、
誰と話すでもなく一人手酌で飲りながら時を過ごす、それが心地よい四人、
そろっておそくにやってきては看板におやぢにおん出されがちという四人、
そして四人にはそれぞれ金子を用立てなければならない事情が。。。
そんな四人に目をつけ、悪だくみに誘う男がいた。 闇の歯車が回りだした。

でき過ぎ感は否めませんでしたが、物語として面白い。 老いに若きに男と女、そして、
市井に生きる者たちが抱える苦悩と欲に、人間の飾らない生きる姿映し出されている。
逢魔が刻、ということばも知った。
乾いた感じに、一幕二幕のように場面はっきり変わる構成、話し理解しやすい。
山本周五郎ぐっちょり人情もの、の口直しに良い一冊でした。

と、今の新装本表紙は違いますが、文字が大きい、
本当はそちらにしたいのですが古本買いなもので前世紀発行もの読むのであります。

読了 「柳橋物語」 ほか – 2017.7.1(土)

柳橋物語 -2017.6.30

山本周五郎 「柳橋物語」 読了
昭和二十一年山本周五郎四十三歳の時の中篇作品。
恋のイロハもまだ知らない無邪気で健気な乙女心が、この人とと決めた思い
その思い貫き通したばかりに、その後起こる地震、火事、洪水といった天変地異の中、
人の一途さ男の疑い深さ、周囲の人々の誤解という白い目に曝されながら
つぎからつぎへ、不幸な環境、世界に追いやられてゆくというお話し。

人生って思い通りにならない、は生きてゆく内わかってきますが、底の底まで落とすすごさ。
しかし捨てる神あれば拾う神あり。 そして愛とは死んでもなお人の心の中で生き続ける。
ラストがこれまたまたなかなか深い。 今の時代にもぐっとくる、人生のつらさ学べる、
云いかえれば今を生きゆく読者の心を逆に楽にしてくれるそんな名作でした。

もうひとつの 「むかしも今も」 は、
昭和二十四年山本周五郎四十六歳の時の中篇作品。
柳橋物語に似た、どこまでも愚直な男がその愚直を通し最後に救われるというお話し。

余談ですが、柳橋物語には火事のシーンが多く登場するのですが、
書かれた時期を思うと、周五郎の頭の中には、焼け野原と化した戦後まもない東京が、
むかしも今もには要所要所 「つき当り」 という河岸の空き地が登場するのですが、
これは戦前まだあった東京の空き地に思い走らせてのことのように思います。

ここのところしばらくどっぷり人情ものにひたってきました。
日本人の美しさ、貧しくとも一途に生きる庶民の生きよう、どれも良かったです。
あー日本人に生まれてよかったーって! でもそのーちょっと人情づかれ~(笑)
なにごとも、「ほど」と「分」が大切です、
梅雨時だし次は少し乾いた感じのもの読もうかな、です。

読了 「小説 日本婦道記」 – 2017.6.22(木)

小説 日本婦道記 - 20170622(木)

山本周五郎 「日本婦道記」 読了。 
十一の短篇からなる。 周五郎初期の作品。 
ともすればおいおい婦道記などとは、
女ばかりにあるべき道説くのかい、と女性団体からクレームきそうですが、
日本人女性の美しさ紡ぐものがたりの数々、
日本人が忘れ去ろうとしているものを思い出させてくれる、
かつての日本人が持っていた道徳観、心の内側みごとに描く名作でした。
文句なし!これを読まずして周五郎は語れない、な一冊でしょう。
そして表紙もステキ、お気に入りのひとつです。

話しはどれも私の好むものでしたが、
「松の花」 「梅咲きぬ」 「不断草」に 「糸車」 「風鈴」 「桃の井戸」 「墨丸」 「二十三年」
は良かったです。 取り分け 「糸車」 「二十三年」は涙で文字がにじみました。

以下いつもながらなだらだら個人メモ、私的備忘録。
、、、よほど興味のある方以外、長すぎるので危険、、、ご用心くだされ、
-----------------------------------------------------------------

〇 松の花
紀州徳川家年寄役、千石の食禄をとる佐野藤右衛門が妻、やす。
「武家の奥はどのようにつつましくとも恥にはならぬが、身分相応の御奉公をするためには、
つねに千石千両の貯蓄を欠かしてはならぬ」と常日頃から。
着るものだけではなく身の回りのことすべてにつつましかった。
着るものは、家に仕えるしもべの者たちに分け与え自分は粗末なものを身に着けていた。
やす死してしもべたちの悲しみ様と粗末な身の回り品そして荒れた手に触れ、
藤右衛門は初めて妻の偉大さを知る。このような節婦を忘れてはならぬと。

〇 箭竹
岡崎の水野けんもつ忠義の家臣茅野百記が妻、みよ。
奉公中に生害した夫がし残した御奉公をつぐなうべく励む。
妻としての一生のつとめと。
十年ふたいてんの心を持ち続けることは難しい。

〇 梅咲きぬ
多賀直輝の、隠居の身の母かな女。
身分の低い家に生まれ、前田家の重職の家柄である多賀家に十六で嫁ぎ、
二千石の家政をとりしきってきた、今は隠居の身の母かな女。
家政をとるいとまに、老職の家の妻として恥ずかしからぬよう、またとかく
狭量になりやすい女の気持ちを広くするため教養として芸を身につけたいと、
茶の湯、笛、鼓、連歌、詩、絵と芸ごと習い、
そのいくつかにおいてはすぐれた才分をあらわし
その道の師たちを驚かせたものであったが、どの一つもついに奥を極めることなく
やめてしまった。 才がありながらその飽きやすい気質を惜しまれた。
良人多賀三郎左衛門さえも時折移り気なことだと苦々しげに云った。
多賀家に嫁して三年、直輝の妻が加代。
鼓を習うが、半年ほどしてかな女からもうやめたらどうか次は茶の湯などどうかと云われる。
半年ほどするとまた、今度は和歌を習うようにと。めきめき上達し允可がさがるところまで。
一方、加代は二千石の家政のきりまわしについても、姑の指導を守りよく働いた。
そんな折、奥まで極めたいと思っている和歌をやめろとかな女から言われ落ち込む。
ある日、かな女が加代にいう。
わたくしが芸事を次々に変えたのは移り気からだとお思いになりますかと。
武家の家の妻は、家政のきりもり怠りなく良人に仕え貞操なればそれで婦のつとめ果たした
と思うかもしれないが、それはかたちの上にすぎない。本当に大切なものはほかにある。
それは心。良人につかえ家を守ることのほかには、塵もとどめぬ妻の心だと。
学問諸芸はそれぞれ徳があり習い覚えて心の糧とすれば人を高める。しかし、
その道の奥を極めようとするようになると「妻の心」に隙ができるのだと。
静かに微笑みながら云う些かの翳もない、かな女の老をたたんだ顔から、
武家の妻としての生き方のきびしさ、そのきびしい生き方の中で、
さらに峻烈に身を持してきたかな女のこしかた、そして、
人の目にも触れず耳にも伝わらぬだけ、
霜雪をしのいで咲く深山の梅のかぐわしさが感じられるのであった。

〇不断草
舞台米沢。 登野村三郎兵衛が妻、菊枝
菊枝の父は、上杉家三十人頭の仲沢庄太夫といいすでに隠居し長男門十郎に跡目をゆずっていた。
菊枝は、登野村三郎衛門から仲人、蜂屋伊兵衛を通して望まれた縁にて嫁した。
ところが嫁して半年そこそこで良人の言動激しくつらく当たるようになり離縁された菊枝。
実家に戻らぬとの泣きながらの訴えも通らず、実家仲沢家に戻される。
持って帰りし荷の中に、唐苣=不断草の種があり、それがたいそう好きだった、
眼が不自由で勘の悪い姑のことが思い遣られた。
父庄太夫と蜂屋の話、そして
「豆腐をかためるにはにがりが必要だ」と以前お邸の与市様に云っていた良人の言葉から、
良人の態度急変、自分が離縁されたことには仔細ありと菊枝。
良人三郎兵衛は藩内の抗争に加担し、自ら扶持を返上し退身
館山に居るという、登野村の老母のもとへゆく決心をする。
父から勘当されわずかな着替えの包みを持って一人で家を出た。
お秋と名を変え登野村の老母の世話役になる。姑さまは菊枝と気づくことはなく
「お秋どのお秋どの」と気安く呼びかけすることは何でも喜んで肯いてくれた。
撒きつけた唐苣が芽を出した。
ある日食膳にのせると一箸で姑はそれと気づきいたくうれしがった。
「せがれから手紙が来た」と老母。 うろたえる菊枝。。。
その手紙は越前から出されたものだった。そのご場所を変え幾度も便りがきた。
そして今病に伏してると。老母はせがれ三郎兵衛をみとりにゆけという。おっと~

〇藪の蔭
舞台松本。 安倍休之助…二百石あまりのおなんど役
そこに嫁した八百石の大寄合に生まれた妻由紀。
祝言の日、下城の途中大藪の蔭で重傷を負い帰った休之助、
「仕損じた、腹を仕損じた」と切腹しそこねたと云う。
盃こそしてないがこの家の門を入った以上は安倍の嫁と、由紀帰らず。
そして訳を聞かず三日のうちに八十両の金を用意してくれと由紀に頼む。
嫁した際持参した着物道具を売り実家の母に頼んで金を作る。そして、
もともと女には婚家のほかに家はないのだから、そう思いなおし、自分にとっては
生甲斐も希望も、すべてこの家と良人の中にあること、女としてはこれから本当の
生活が始まるのだということを、考えた。
すこしでも家政の足しにと町家に琴の出稽古に出た由紀。
その苦労をわかってくれない姑に、なぜと腹立たしさを覚える。
初冬のある日、瀬沼新十郎と名のる客がおとずれてきた。
藪の蔭に秘められていた良人の真実があきらかになってゆく、
そして由紀は思う「人はこんなにも深い心で生きられるものだろうか」
わたくしのしていることなどどれほどのことでもないではないか、と。
婦道記というより夫道記かな、な物語だった。

〇糸車
信濃の国松代藩につかえる五石二人扶持の軽い侍、依田啓七郎に、
乳離れしてすぐにもらわれてきて育ち、十九になったお高。
その敬七郎、二年前卒中を病んで勤めをひき、寝たり起きたり。
十歳になる弟の松之助が名義だけ家督を継いでいるものの、まだ元服しておらず
五石二人扶持も、今はその半分ほどしか下がらない。
病気の父と幼い弟をかかえての家計はかなり苦しかった。
お高は木綿糸を繰っては生計の足しにしていた。
実の親は、信濃の国松本藩に仕える西村金太夫と妻お梶
はじめ身分軽くたいへん困窮していた時代につぎつぎと子が生まれ、
お高を手放すこととなったが、その後不思議なほどの幸運に恵まれ、
しだいに重く用いられ、数年前には勘定方頭取で五百五十石の身分にまで出世した。
お梶が病とのことで四五日行くことになるが、、、その後の展開如何に。
日本婦道記、どれもすばらしいが、これは泣けた。涙で文字がにじんだ。

〇風鈴
弥生(二十九)、小松(二十五)、津留(二十三)の三姉妹の来し方生き方
父が世を去ったとき弥生十五、小松十一、津留九つ
それより数年前母も亡くなっており何もかもいっぺんに弥生の肩へかかった。
質素な家庭に育った姉妹が今は家禄の違う家に住む。
思うように出世し富貴と安穏が得られたら満足することができるのだろうか。否、
人間の欲望には限度がない。富貴と安穏が得られれば更にその次のものがほしくなる。
たいせつなのは身分の高い低いではない。 人間として生まれてきて、生きたことが、
無駄ではなかった。世の中のためにも少しは役立ち意義があった、
そう自覚して死ぬことができるかどうかが問題なのだ。 生き甲斐とはなんぞや。
貧しい生活をしてると富貴さえあれば生き甲斐があると思いやすいがそれは違う。
女と生まれ妻となるからには、良人や子たちにとってかけがえのない大切な者となること、
それ以上の生き甲斐はないであろう。 これも婦道記というより半夫道記的物語。

〇尾花川
尊王攘夷が攘夷倒幕に向かっていた幕末、預かってた宇都宮藩の青年が偽志士だった。
集まる志士たちを手厚くもてなしていた幸子、
酒をくらい美食を貪っていた志士たち。志士であることは特権ではないことに気がつく幸子、
ある時からその手厚いもてなしが無くなった、、、何故と良人太宰は不思議にそして面白くない。
偽志士がバレて逃げ出す青年志士に十両もやる幸子???
そして、良人が聞く妻幸子からのことば。はっと目覚める良人太宰。

〇桃の井戸
父が江戸詰めの時に生まれた琴が、父が勤役を解かれたのを機に国許に帰る。
そこで出会った長橋のおばあさまが亡くなった。
見目好く生まれついてないこともあり書に親しみ歌を詠んで生きようと思っていた。
が、越後の水に慣れ二年ののち、二人の子を持つ者の後添えにという縁談話しがくる。
琴は、自分の見目形の良くないことと、和歌の本文恵まれているという高ぶった考えから
どの話しにも耳をかさず押し通してきたが、長橋のおばあさま曰く、
「女は良人を持ちこどもを生んで初めて世の中というものがわかり、本当の悲しみや喜びが
どうあるかを知るのです。今のあなたでは格調の正しい歌は詠めても人の心を打つ美しい歌は
作れない」そして「自分のお腹を傷めずに二人も子が持てるのは儲けものですよ」とも。
三年目の冬実子康三郎を生んだ。寒い夜余計に布団をかけてやろうとしてはっと息が詰まった、
武士の子は柔弱に育ててはならぬ。暑いと言って寒いと言って着崩したり着重ねたりしてはならぬ。
自分の腹を痛めていない欣之介、貞二郎にはそうしてきた。わが身痛めし者への本能的な愛。
おばあさまに正直にそれを言うと初めて叱言を言われた。
「武家に生まれた男子はみなお国のために、身命を賭して御奉公しなければならない。
その時まで預かって育て上げるのが役目。 そこには親身も他人もない」と。
琴は思った、
「自分にあるたけのものを良人や子供たちにつぎ込む喜び、良人や子供たちの中で
自分のつぎ込んだものが生きてゆくのを見る喜び、この喜びさえわがものになるなら、
私は幾たびでも女に生まれてきたいと思う」 と。

〇墨丸
両親とも亡くなったお石五歳が鈴木家へひきとられたのは正保三年霜月のことであった。
平之丞(十一歳…一人っ子)の父、惣兵衛の古い友人の子ということで。
お石は色黒くきりょうこそ良くないが明るく汚れのない澄みとおった眸子を持っており、
なにか話すとき聞くときにはこちらをじっと見あげる。その性質がわかるようになり、
自然と友達が増えた。平之丞も愛情に似たものをもつようになる。
だれよりもお石と親しくする松井六弥という少年。
「お黒どの」とか「烏丸」とか綽名されるも「墨丸」を自ら主張した。
※某国民的朝ドラヒロインキャラみたい ^^)
和歌を詠うようになり雅号を「墨丸」に。平之丞自分が選んだ綽名に心傷んだ。
おんなが容貌をそしられるほど辛いものはないだろうと。
鈴木家にはしばしば旅の絵師や書家が来て滞在した。
或る時検校という琴の名手が来て四年あまりも滞在しお石に琴を教えた。
その稀有な才能をほめたが、人に教えるのはムリだとも。
それは、お石の琴は格調が高すぎるとでもいうか、一口に云うとなかなかな耳ではついてゆけないと。
そしてこういう特殊な感覚をもっている者は、よほど注意しないとゆくすえが不幸になりやすいと。
その時、父惣兵衛の顔に現れた憂愁の色は忘れがたいものであった。理由はわからないが、
検校のことばが父の心にある危惧の思いを裏づけたのだ。父はじっと物思いに沈んだ。
平之丞が二十三になった春のこと、松井六弥の催しで観桜の宴が行われた。
そこで「藩主うえもんのすけ様が水戸の御胤である」という話しがでた。
十二年前に江戸屋敷で小出小十郎という者が切腹して死んだ、という話しも。
十人ばかりが琴を披露。お石…十七…はひかなかった。
この頃のお石は人の気づかぬところ眼につかぬところで心がよく生かされていた。
平之丞「お石あれなら鈴木の嫁として恥ずかしくないと思うがどうか」と母に。
父もよかろうと承知したものの、お石は琴で身を立てると。生涯嫁にはいかぬと。
京の検校様の許へゆくと。母怒る。父突然倒れ三日病んで死去した。
父死して、お石の素性がわからないままになった。何処の何某の生まれなのか。
そしてお石は京へ上った。
平之丞二十七歳で松井六弥の妹そでを娶る。平凡ではあるが温かいしずかな結婚生活が始まった。
が、嫁して六年目の秋、三人目の子を身ごもった体で死した。
平之丞三十二歳で藩主世子うえもんのすけ忠春の側がしらに任じられ重く用いられた。
こうして五十歳となった平之丞は藩政の中軸となった。
公務で京へ上った際帰り岡崎へもう三里という所で「八橋の古跡」という名所にいってみたく尋ね行った。
切下げ髪にした中年の婦人となったお石と再会。 お石だった。
そして私は小出小十郎の娘であると。
もし平之丞の妻になって、もしもその素性が知れたならご家名にかかわる大事になるやも、
愛する者の将来に万一のことがあってはならない。妻には決してなれぬそう固く心にきめたのだと。
翡翠の文鎮を生涯のお守りに頂いたのだと。
「昏れてまいりました。久しぶりに下手なお料理さしあげましょう、
そして墨丸と呼ばれたころのことを語り明かしとうございます」 と。
「ずいぶん遠い日のことだ」  縁側の障子も窓のほうも、すでに蒼茫と黄昏の色が濃くなって、
庭の老松にはしきりに風がわたっていた。

〇二十三年
新沼靱負(ゆきえ)三十一歳
・・・会津蒲生家家臣、御蔵奉行に属し、食禄ニ百石あまり槍刀預役を勤める。
亡き父、郷左衛門・・・偏屈に近き古武士的な人物だった。 おかや二十一歳?
一方靱負は、これというぬきんじた才能も無い代わりに、
まじめで謹直なところが上からも下からも買われて、平凡ながら極めて安穏な月日を過ごしてきた。
主家の改易、会津六十万石取潰しとなり、他家へ仕官したりと思い思いに城下を離散した。
が、一部の者はその弟が蒲生の家計を立てている伊予の国松山で生きたいと願うのであった。
靱負もその一人。ひとまず会津城下の郊外に居を移し時節を待つことに。
が、長男臣之助が、続いて妻みぎが亡くなる。残るは乳飲み子次男牧次郎
そのような状況の下、靱負の唯一のたのみは婢のおかやであった。
牧次郎と自分の身の回りの世話をよくしてくれた。
松山に出立する前の日におかやにひまをだした。十五で来て六年めのことであった。
別れてのその足で途中おかやは崖から落ち頭を打ったのか白痴のようになった
唖者になり、しきりに牧次郎を背負いたがり旅に出立せねばという身振り
松山へ連れてゆこうと靱負の思いは決まった。 師走中ごろ松山着。
城下から北東に離れた古代から名高い温泉場道後村に住居を決める。
坐食していてはならぬと収入の道を探す。土産の土焼人形の絵具塗り内職を始める。
それから五年の間靱負は三度も病床に伏し一度は半年も寝たきり、
そのたびおかやが牧次郎の世話に身の回りのことその上内職までしてくてた。
なんと皮肉なことだ。新沼家から嫁に出そうとまで言った者がこうして世話になっている。
こうして多難の月日は九年続いた。
寛永十一年八月、松山藩の改易。会津につづいて松山の改易。すべてが徒労に終わった。
靱負自害しようとするも、おかやの必死の形相に思いとどまる。
そうだ、人にとって大切なのは「どう生きたか」ではなく「どう生きるか」にある。
死んではならない。おかやの苦労を無にしないためにも。
これが彼の運命の分かれ道だった。
あらゆることに終わりがあるように、新沼靱負の不運もようやく終わる時がきたのであった。
改易された蒲生氏の後に隠岐守松平定行が封ぜられてきた。
そして蒲生に再興の望み無き今、当家へお仕えなさってはいかがと。
先方では靱負の松山へ来た目的、
今日までその目的一つを固く守ってきた仔細をよく知っていたのである。
食禄二百石で松平家に仕え、馬廻りとして勤めはじめた。
それからの春秋は誠に平穏。牧次郎も成長し新参者の子としてはかなり稀な殊遇、出世。
靱負は慶安二年五十三歳で死んだ。牧次郎家督を継ぎ、その年の冬祝言。
祝言の夜牧次郎おのれの部屋へおかやを呼び対座。おかや齢四十三歳となっていた。
今までの礼を云うとともに、心に秘めてきた思いをおかやに伝える、
二十三年間の事の真相、おかやの気持ち、明らかに、、、そして。

読了 「人情裏長屋」 – 2017.6.12(月)

人情裏長屋 - 20170612(月)

山本周五郎 「人情裏長屋」 読了。 
十一の話しが収められている(ふたつは現代もの)。
いやはや前回の 「人情武士道」 超える面白さ
周五郎すばらしい!! ブラボー、久々酔読、しびれました(#^^#)

烏賊乾燥、、、えっ!?すみません調子乗りすぎ~あまりにも良かったもので(一一")
以下感想、概要ほか備忘録。 一話読み終えるごとの走り書きをそのまま掲載。 
文章になっておらずな、あくまで自分の記憶後で蘇らせるためのメモ公開。

1.おもかげ抄 … 「キング」昭和12年7月号
   鎌田孫次郎という浪人、椙江。 三年以前浪々の貧中死なせてしまう。
   すでに居ない妻めがあたかもいるようにふるまう。
   長屋で寺子屋。これが評判良ろし。
   果し合いがあり加勢、その剣の腕見込まれる。
   沖田源左衛門娘が小房(こふさ) 二百石で召抱えの話し
   紀州高野へ行き遠州浜松に帰り祝言と相成る めでたしめでたし。

2.三年目 … 「雄弁」昭和16年8月号
   友吉…上方帰り …江戸では広田屋伊兵衛という大工の棟梁の下にいた。
   子飼いからずば抜けた腕を発揮し17で一人前の手間取りに。
   日に四匁稼ぐ職人は百人に一人。友吉がそれ。だが、
   唯一の瑕は慰みをすることと死に際の親方から。で上方へ。
   三年も足を抜きゃ仲間とも縁が切れると。
   その際、一時店を畳み八丁堀の角の家へお菊を預けた。
   角太郎 …江戸大工時代の弟分
   お菊 …伊兵衛の一人娘 …伊兵衛は友吉を婿に取り盛り返そうと思っていた。
   仁太郎 …親方筋に当る大工の棟梁堀家の息子=道楽者 ばったり会う。
   広田屋伊兵衛は、仁太郎の父に借金があった
   それを枷に、仁太郎はお菊を妾にしようとした。
   友吉が上方から帰って広田屋を盛り返すためには堀家と喧嘩はできねぇ。
   なので角はお菊と相談の上二人が夫婦になったと見せかけることに。さてさて。
   「ざっと風呂をあびて、さっぱりした躰に浴衣を引掛け、堀の見える二階の小座敷
   で仁太郎と盃を取り合った」…表現がさっぱりしてて粋。
   深川八幡様裏で角太郎とお菊が所帯もってると、八幡前小料理屋でお米から聞く
   三年前、友吉22、角太郎23、お菊・・・18  
   「二人の涙の温かさが、二人の間にあった三年の月日をいっぺんに取り戻した。
   天明元年(1781年)七月二十二日の夜のことであった」

3.風流化物屋敷 … 「講談雑誌」昭和22年10月号
   安芸の国広島の城下町それも武家町にある一軒の化物屋敷「柘榴屋敷」に、
   一万二千石の御家老の三男、御座(みくら)平之助という若侍27歳が入った。
   夜中案の定化け物出るが、動じる事なくグーグー、あまりにもしつこいもので、
   仕舞いにゃ「なんだか知らないが昼間のことにしてくれ、眠くってしょうがありゃしない」と。
   まったく風流極まりなき住まわり方、あっぱれなり。
   これは、自然現象に対する冒瀆であり、神秘への最大の侮辱でもあるわけだし、
   気の毒なのは化け物氏であってこれじゃ立場がない。
   そんなこんなな化け物話続くが、実はこの屋敷慰み場として使われていた。   
   生垣境に隣りに住まう娘齢17なるとみ嬢とのやり取りもなかなかな読みどころ。
   
4.人情裏長屋 … 「講談雑誌」昭和23年7月号
   一、おちぶれて来る人の寄り場所
      松村信兵衛 …大酒呑み → 居酒屋丸源、角の三河屋(小僧の定吉)
       … 一方こんないいヤツいるだろかっていういい人
      長屋16軒の内沖石入れ6軒の店賃を払っている。それに呑み代
      御大身の息子だとか大名の御落胤という噂はあるが、
      ?は収入は何処から得ているのか?という点。
      ※居酒屋に見かけない高飛車な客が入ってきた時「ここは居酒屋といって
       地道に稼いだ人間が汗の匂いのする金でうちわにつつめしく飲む処だぜ、
       済みません場違いですがお仲間に入れて下さい」と云って、人をみくだしたり、
       金をひけらかしたりする人間には容赦をしないところがある。 
      夜鷹そば屋の重助57、孫娘おぶん18 
      沖石主殿(とのも)…25,6。浪人した上に妻に死なれ乳飲み子抱え長屋に。
   二、相手を立てて、それからの沙汰
      道場破り的所業にて日々の身を立てている信兵衛
      相手をやり込め寸での処で相手を奉る方
      折笠五郎左衛門道場で仕官なさらぬか御推挙するからと云われる。
      この時点では出世欲ナシ。主殿の世に出たいという話を聞き
      ふん、とため息。「おい定公、桝で一升だ」と。
   三、不幸は友を伴れて来る故事
      主殿、九か月の乳飲み子鶴之助を置き捨て出てゆく
      信兵衛は自分で育てることを心に決め酒を断つ。
      重助、折笠五郎左衛門道場前で門人たちにただ食いされた上屋台車打ち壊され
      足腰踏み折られた。
      沖石主殿の身勝手なやり方、その日稼ぎの無力な老人に対する非道。
      この二つが重なり信兵衛は抑えようのない怒りに全身が震えた。
      夜鷹蕎麦屋を始め、折笠五郎左衛門道場前へゆく。
   四、蕎麦は夜泣きの子も育つなり
      折笠五郎左衛門門人たちが、見舞いの金品を持って長屋を訪れ、
      代わる代わる重助の枕許で謝罪した。
      信兵衛三河屋へも丸源へも顔出さず、鶴之助を育て夜鷹蕎麦屋を続ける。
      折笠五郎左衛門が仕官せぬかと再三勧めるが、
      「しょせん世の中は阿諛追従、弁口頓才が第一、と断る。
      裃袴で人の機嫌を取るより、夜鷹蕎麦を売る渡世が気楽」だと断り続ける。
      鶴之助はおぶんが抱くとすぐにおとなしくなる。
      抱き上げるなり襟へ手を入れ乳房を握らせるから。
      「今からそういうもので誘惑しては将来が思いやられる、止めてもらおう」
      との信兵衛に対し、
      「今からって先生、赤ん坊だからお乳でだますんじゃありませんか。
      これが誘惑なら世界中の赤ちゃんはみんな誘惑されてるわけよ」と返すおぶん。
      こうして更に月日が経っていった。
   五、またたちかえるみな月の宵
      松平出雲家に百五十石書院番として召し抱えられた沖石主殿が帰ってきた。
      預けた鶴之助と一緒に松江にゆくと。
      己のため子を捨て身を立てるとはなんと不人情な奴だろうと最初思ったが、
      子共々この長屋にいては何も始まらなかったはず。
      「男はきめどこはきめなければならない」
      そう信兵衛は考え直し鶴之助を返すことにした。
      早朝別れがつらく「おい定公、桝で一升だ」と丸善へ。
      武士は武士で生きるのが本当と、館林家で食禄二百石、
      剣法師範となることを重助とおぶんに話し、おぶんを嫁にくれとも。
      そして鶴坊よりもっとかわいい二人の子を持とうと。めでたしめでたし。

5.泥棒と若殿 … 「講談倶楽部」昭和24年12月号
    三年前に広いが安普請な屋敷に幽閉され今は貧乏この上ない暮らしをする若殿、
    成信とその古屋敷に盗っ人、伝九郎の、奇妙でユーモラス心温まるやりとり。
    「人を騙し人を憎み人からくすねたり奪ったりしながら、
    そうする彼らもそれほど恵まれはしなかったのだろう。
     ・・・今でもどこか世間の隅の方でそれぞれの苦しい生活に追われ、
    ときにつくねんと溜息でもついているの
    ではないだろうか。みんな本当はよき人たちなんだ」
    成信は、伝九郎の体の中に生きた世の中の匂いがついている、良いところも醜いところも、
    卑しさも清らかさもひっくるめた、正直なあるがままの人間の呼吸が感じられた。
    人間には身分のいかんを問わずそれぞれの責任がある、それぞれが各自の責任を果たしてこそ
    世の中が動いてゆく、と成信は領主となって一藩の家臣を束ね、
    領民の生活をやすんずる良き政治を執る覚悟を決めた。
    「いっちまうのか、信さん」、、、悲しむ伝九郎の声に人生の定めさみしさを感じさせる。

6.長屋天一坊 … 「講談雑誌」昭和25年5月号
    八代将軍吉宗の時代にあったという天一坊事件を、貧民長屋で起こった出来事に置き換えた、
    いわゆるパロディもん。禿、ごうつく、臼or色けち、人の、金と名声欲。       

7.ゆうれい貸屋 … 「講談雑誌」昭和25年9月号
    腕はいいが怠け者の職人弥六と、ゆうれいとなった辰巳の芸者染次が、
    ふたりで幽霊貸しし、一儲けしようじゃないかと云うあるよなないよなおとぎ話みたいな話。
    幽霊話しなのに滑稽そして人生この世のつらさ儚さやるせなさ描いている。
    上等な落語の如き趣あり面白かった。

8.雪の上の霜 … 「面白倶楽部」昭和27年3,4月号
    文武両道、取分け武芸に無類の腕を持ちながら、
    七年放浪の旅続ける浪人三沢伊兵衛。
    扶持を取り、道場を持ち門人があり、安楽に暮らす小室青岳。
    ふとしたことから出会った両者の生き様、考え方の違い。 
    青岳は己が娘千草を伊兵衛に嫁がせ跡取りにと切望するものの、
    「少しばかり度が過ぎはしないだろうか、、、
    ・・・正義感の強いのもいいが、雪の上に霜を加えるような努力は徒労でしょう」
    と青岳が信兵衛に。 伊兵衛の一種の性格悲劇とも云える生き方。
    現代に通じる。 実に深い。 お気に入り作品。
    武家ものみたいだが実は読み終えてみれば人情長屋な話し。

9.秋の駕籠 … 「講談倶楽部」昭和27年12月号」
    同じ家に住み喧嘩しても隣りに住まうという、駕籠屋の六助と仲次。
    喧嘩な場面が多いが、真っ正直が功を奏した、めでたしめでたしという話し。

10.豹 … 「アサヒグラフ」昭和8年9月
    現代もの。
    逃げた四本足の猛獣・豹に、気づけば側に二本足の女人と云う豹が。

11.麦藁帽子 … 「アサヒグラフ」昭和9年11月
    現代もの。
    ノスタルジック&ファンタスティックな物語.。 なかなか良い。
    この話が仕舞いにあることで、何か心日常に自然に復帰(笑)できるような。


読了 「人情武士道」 – 2017.6.3(土)

人情武士道 - 20170603(土)

山本周五郎 「人情武士道」 読了。
周五郎初期、昭和八年から十六年発表の表題含めた十二の短篇集、
内二つは現代もの、、、と云っても今から80年以上前の発表ですが。

山本周五郎と云うと、私は藤沢周平とどうしても比べてしまいます。
どちらも私利私欲、損得より、武士として人としてあるべき生き方、
不器用でも、人からどう見られようとも、最後には一本筋を通す生き方、
そんな、心の在り様を描き出そうとしていることは似通ってるのですが、
日常起こり得るあるあるを地味に静かにつづることの多い藤沢周平に対し
「そんなことそうそうないでしょ!」を事もあろうに綺麗に織り上げてゆく、
切れ味鋭いでも深い、周五郎カッコ良すぎるじゃない!そんな印象残るものが多い。
その分、読者の心に深く長く刻まれる作品が多いのかも知れません。

集録作品
「曾我平九郎」、「癇癪料二十四万石」、「竹槍念仏」、「風車」、
「驕れる千鶴」、「武道用心記」、「しぐれ傘」、「竜と虎」、
「大将首」、「人情武士道」、「猿耳」(現代もの)、「家常茶飯」(現代もの)

個人的には「癇癪料二十四万石」「風車」「大将首」「人情武士道」が良かったです。
そして時代もんは語彙の読み方意味その言い回しに慣れるまで難しい、
抵抗感大ですが、読み手の心にぐっと訴えかけるのは、現代もんに比べ容易い。
本書には現代もの二話収められているわけですが、ん~今一つ。
現代もん書くのは難しいもんだなぁと改めて思いました。