旅のしおり
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Author:シュンちゃん
還暦。思えば遠くに来たもんだ。人の命はいつか必ず果てる。生きる軸足である山のほか、本にしおり挟むよに、趣くまま時折生きし証ここにつづる。齢ゆく者のボケ防止備忘録ブログです。適当におつきあいください。
   since 2008(H20) 8.28 



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左利き用のハサミ - 2017.6.8(木)

左利き用のハサミ1 - 20170608(木)
                             左が右利き用で右が左利き用のハサミ  2017.6.8 (木)
                                         なんかややこしくてすみません

左利き用のハサミ2 - 20170608(木)

左利き用のハサミを買ってみました。 
左利き用はパッと見刃の合わせが逆、
右利き用は上刃が右、左利き用は上刃が左ってこと。

物心ついて半世紀以上、ずっと右利き用のハサミ使ってきました。
右利きの人は切る面見ながら切れるところ、私らは切るとき切断面が見えない。
でも、親指を前内側に強く意識し押し込むようにすると見えなくても思いのまま切れる。
そんなこんな何処にどう力入れれば良いか、左手が覚えこんでしまってるのに(笑)
、、、百均に行ったら偶然目に留まり、あらこう云う物有るんだと買った次第。

私が生を受けた頃は 「左手使いは不浄なり」 な世の中でした。
「箸持つ手は右」 が当たり前。 左で持とうものなら、
ぴしーっ!と、母ちゃん祖母ちゃんの手が飛んできたものです。
稲刈り鎌も変にカーブしてて左利きの私には使いにくかった(笑)
こうして小学校に上がる頃にはあれこれ矯正され良い子になっておりました。

そんな冷遇視差別視されたぎっちょも70年代以降、いい時代になりました。
73年の麻丘めぐみ 「わたしの彼は左きき」 に78年にはピンクレディー 「サウスポー」
これらによって、一気に左利きが確固たる市民権を得、
それどころか、もてはやされる様になったように思います。
と云っても世の中のあらゆる物,仕様が今も右利きの人が使い易いようにできてます、
右利きの人は気づかないでしょうが、使いにくい物やりにくい事が沢山あります。

私の場合、鉛筆は最初から右ですし、箸は今は7:3で右が使い易いものの、
包丁、ナイフ、ハサミと云った刃物類は力入らんし危なくて今も右では使えません。
ほか仕草あれこれ左だったり右だったり、いわゆる、クロスドミナンスというやつです。

話しが長くなりましたが、さてさてインプレッションとしては、
左利きの人は右利き用のハサミも難なく使えますが、右利きの人、
この左利き用のハサミきっと使いにくものと思います。 興味ある方はお試しあれ。


服買った - 2017.4.8(土)

久しぶりに服買う - 2017.4.8(土)

消耗品は別として、忘れたくらい久しぶりに服を買いました。
32歳で結婚した当時55キロだっためかた、体重計に乗らない内にMAX30キロ増え、
山装束以外服にはとんと興味のない暮らしが続いていました。 
そしてその体形から、気がついたら紺や黒っぽいものばかり着てる自分がいました。 

転機はやってくるものです。 先日還暦を迎えたので、思いきって赤い服買いました。
アイビー、石津謙介氏が作った、私の青春、VANであります。
還暦、赤ちゃん還りの如き。 恥ずかしいのですが思いきってたまに着ようと思います。


VAN - 2017.4.8(土)


週末、餃子で一杯。
一口ぎょうざたち - 2017.4.8
今日日のものは味ついてるのあります、これも焼くだけです(#^^#)

五十代最後の夜 - 2017.4.4(火)

今日で50代が終わります。
この10年、暮らしなんとか立ててこれましたし、
子どもらはみな成人し、最低限の親の役目は終わりました。
山にもスキーにもたくさん行けました。 家族取り分け妻には感謝です。
これまで大きな病,怪我をしたことなかったのですが、人生初めての入院、
バイク事故で、健康体の大切さすばらしさを改めて知ることもできました。

日付が変わると還暦を迎え、明日から60代の人生が始まります、
私の父は、私が二十歳の時に56歳で亡くなりました。 
父の齢を超え尚生きている私は、健康な体をくれた両親、ご先祖様に、
また、私を生かしてくれてるすべてのものに感謝しなければいけません。

この先何が待ち受けているのか、そしてこの命いつ果てるか、それは誰に分かりませんし、
この世を生きゆく事は、楽しい事ばかりじゃなくつらいこと悲しい事がもれなく付いてきます。
今の60気持ちはまだ若いものの、五感の衰えに体のあちこちガタきてることも確かです。
慌てることなく大きく構え、この世をも少し楽しませてもらおう、今はそう思います。


今日の晩メシはカレー。 好きなクミン効かせて。
誰ですか、「加齢とカレーかけたオヤジギャグかよー」 って云ってるのは(#^.^#)

今夜はカレー - 2017.4.4(火)


好きな竹内まりやの歌 「人生の扉」

  春がまた来るたび ひとつ年を重ね  目に映る景色も 少しづつ変わるよ
  陽気にはしゃいでた 幼い日は遠く  気がつけば五十路を 超えた私がいる
  信じられない速さで 時は過ぎ去ると 知ってしまったら
  どんな小さなことも 覚えていたいと 心が言ったよ
  I say it's fun to be 20  You say it's great to be 30
  And they say it's lovely to be 40  But I feel it's nice to be 50

  満開の桜や 色づく山の紅葉を  この先いったい何度 見ることになるだろう
  ひとつひとつ 人生の扉を開けては 感じるその重さ 
  ひとりひとり 愛する人たちの為に 生きてゆきたいよ
  I say it's fine to be 60  You say it's alright to be 70
  And they say still good to be 80  But I'll maybe live over 90

  君のデニムの青が 褪せてゆくほど 味わい増すように
  長い旅路の果てに 輝く何かが 誰にでもあるさ
  I say it's sad to get weak
  You say it's hard to get older
  And they say that life has no meaning
  But I still believe it's worth living  But I still believe it's worth living

 

Vistaから10に - 2017.3.25(土)

win10設定2 - 2017.3.25(土)

長い間使ってきたVistaのサポートがこの4.11で終了するので乗り換えなきゃ、
安く上げるなら7ですがそれも東京オリンピックん年早々にサポート終わるので、やむなく10にしました。

前に買ってあったのに仕舞ったまんまなかなか着手せずやっと^^;
早起きには自信があるので暗がりから始め今ほど一通り終了。
立ち上がりも早ヤ!…おしっこにも行ってられな~い(失敬)…し、
いやはや、サクサク動いてくれます(^^)/

私逝くが早いかこいつ逝くが早いか、
思えば遠くに来たもんだ、そんなこと心に浮かぶ齢であります。

年の初め - 2017(H29)年 元旦

雑煮 - 2017(平成29)年元旦


あけましておめでとうございます
本年もよろしくお願いいたします



黒部は昨年に続き平地に雪のない正月を迎えております
どちらさまも健やかで平穏な一年になりますようお祈りいたします。


糸魚川大火 …忘れないために… - 2016.12.23(金)

糸魚川大火1 - 2016.12.23

でかいニュースが飛び込んできた。
昨日12/22(木)糸魚川で過去20年の日本で最悪という大火災が発生。
363世帯744人に避難勧告、約150棟が延焼、けが人11人(住民2、消防団員9)
という被害を出した。

ここまで甚大な被害が出た要因として、
現場が、駅前の古い木造住宅密集地であったことに、当時の気象状況。
フェーン現象で異例の高温のところに、台風並みの南風が火の勢い煽ったこと。
具体的には、屋根伝いに燃え広がるのに加えて、
100mも離れた家に飛び火、空から火の粉が降ってきて燃え広がった。
近隣消防も加勢、午後には知事が自衛隊に災害派遣要請をしたものの、
狭い道幅と水不足で消火活動が追いつかなかった、思う様にできなかったこと、
が挙げられる。 大火となる条件が重なったようです。
糸魚川大火2 - 2016.12.23

糸魚川大火 飛び火 - 2016.12.23
                                         飛び火、、、まるで火山の爆発だ

火は走るが、消火のための水が不足するもどかしさ。。。
午前10:28に出火し燃え広がり被害拡大、
夜9時には雨となったものの鎮圧まで10時間以上要した。
(翌日の昼にまだ燃えている映像テレビでやってたが)
※鎮火は12/23(金)午後4時半、発生から30時間後だった。
糸魚川大火3 - 2016.12.23

糸魚川大火記事 - 2016.12.23(金)朝刊
                                               2016.12.23(金) 朝刊

糸魚川大火一日後空撮 - 2016.12.23(金)


個人的に落ち込んだのが上海軒が焼けたこと、それも焼けたは焼けただが、火元だったこと。
風前の灯火な富山の昭和食堂文化が、ここ糸魚川にはまだまだある。
その中でもなかなかな存在な上海軒。 お世辞にも清潔感あるとは云えない。 
が、この食堂にも思い出がある。 もう食べれないかも?と思うと寂しい。
ほか蕎麦の泉家に、古い造り酒屋に料亭、
そして時代を感ずる雁木造りな街並みの一部が焼失したことは文化的損失でもあります。

これから責任問題や賠償問題、再建問題に健康問題へと話しは移ってゆく。
ともあれ、海沿いの街が火の海となった正月目の前にした今回の大惨事。
寒い時期であり雪も降る。 住み慣れたわが家を追われ、
どうやって正月迎えよか、これからどう暮らしてゆけば良いのかと悩み沈む人々の姿が浮かぶ。
心よりお見舞い申し上げます。

誕生日 - 2016.4.5(火)

メロディからの誕生日プレゼント - 2016.4.5(火)

娘から誕生日プレゼントもらいました。 ドリップケトルと本。 
本は先日一緒に出かけ本屋に立ち寄った際、私が「文庫本で700円オーバーなんて父さんの辞書にナ~シ!」 と言ったの憶えててのことだと思います。 ありがとう。

今日で満59歳。そして今日から私の60年目が始まりました。 歌のセリフじゃないが思えば遠くへ来たもんだ。 生かされてる事に、産み育ててくれた両親に、そしてご先祖さんに、柄にもなく朝仏壇で掌を合わせました。 歳なんて相対的なものです。 「もうそんなおじじ~!」 とも 「まだ59かいな~」 とも、人様の見方様々でしょう。 
ともあれ人は必ず死ぬ。 それまで、も少しシャバの苦楽を楽しもうと思います。

年の初め - 2016(H28) 元旦

自宅から白馬近景 - 2016元旦
                               自宅からの白馬岳方面  平成28(2016)年 元旦の午後


あけましておめでとうございます
本年もよろしくお願いいたします



年が明けました。 
今年の元旦は時間の経過とともに天気回復、明るい好天になりました。
まずは去年一年何とかかんとか家族共々生き抜き、年を越せたことに感謝しております
そして今命あることを有り難い事と思い、一日一日過ごせたら、と思います。


山に雪はありますが、黒部の平地は雪のない正月です。 現在の家の周りはこんな感じです。
元旦の家の周り -2016.1.1午後
                                                        元旦の午後


年賀状もたくさん頂き恐縮しております。 私はその習慣がないもので何卒お許しください。

坊主にしてみました - 2015.12.2(水)

坊主にした1 -2015.12.2(水)

坊主にしてみました、 
中学以来。 
ちょっと勇気要りました。

なんで どーして って?
上の方薄くなってきてるし、髪形というものになんも興味なくなったし、
ヨーキくんおちゃめでイケてるし(何・笑)、それに、いつでも家でできるの魅力かなと。

イングリッドに刈ってもらいました。 なかなかなバリカンぶりに驚きましたが、
彼女曰く、息子2人昔ずっと刈っとったじゃない、と。 ストン!と落ちました(^^ゞ

ぼく自身の第一インプレッション、
ん~いいじゃない、雑念払われると云うか、とにかく頭も心もサッパリ、爽快、楽、
なんでもっと早くにこーせんだんやろ~、
そして、似合わない事もない(あくまで個人の感想です)。
が、白髪甚だしく進んでいるので、軽く染めよかどーか思案橋、
アラカンおやぢのこと、まー人様から見ればどうでも良いことですね。

坊主にした2 -2015.12.2(水)



年改まる - 2015(H27) 正月

正月の朝 -2015.1.2(金)
                                              平成27(2015)年  正月の朝


初春のお慶びを申し上げると共に、昨年賜りましたご厚情に深く御礼申し上げます。 

わが家は、家族5人猫3匹そろって何とか年を越し正月を迎えることができました。 家族全員がそろうと云う事は自分自身が子供の頃は思いませんでしたが、幸せなことだとありがたいことだと、今はそう思います。 そして雪の正月、真っ白な中での正月は、雪かきエライけど、気持ちがより引き締まり良いものです。 年賀状もたくさん頂き恐縮です。 私はその習慣がないものでお許しください。


うちの雑煮。そういゃ年末に高原兄が富山県内あちこちの雑煮を紹介する番組やってた。うちのは、そうごった煮なり。醤油ベースに具のメインはふくらぎ、餅は四角でも丸でもそして焼こうが茹でようが決まりなし。餅以外の事を「コート」と呼んでいる、正確には呼んでいた、かな^^;  ともあれ自分ちの雑煮は、やはり美味し。
うちの雑煮 -2015.1.2

にゃんこも元気に年を越しました(^^)
にゃんこも元気です -2015.1.2


呑む食う寝る&テレビ、ただただだらっだらな正月。そろそろ動かんとヤバイ(-.-)
では、皆様のご健康ご多幸をお祈りしますと共に、本年も相変わらず何卒よろしくお願い申し上げます。 

 

迎春 - 2013(H25) 元日

新年あけましておめでとうございます。 今年は久しぶりに山の中(燕山荘…標高2700m)で新年を迎えました。 年末も年始ももう何年もずっと山に入ってますが、年越しと言うのは7年前のエベレスト街道以来のことでした。 

小屋入りの日の稜線上では、お約束ではありますが西から吹き上げる風速優に30m超えてたと思われる猛烈な風の洗礼を受け久しぶりに身が引き締まりました。 耐風姿勢とるも尚も吹っ飛ばされそうになるは、少ないまつげは真っ白に凍り付くは。 この日の気温氷点下18℃。 ひらばも寒いは寒いが、やっぱこの季節この標高の寒さはハンパなかったです。 と言っても今回のメンバーほとんどが日頃から山と係わる者たちでしたので、恐いもの知らず向こう見ず行き当たりばったり遭難予備軍ではなく、恐さ知ってるからこその慎重さ落ち着きある山行を結果終える事ができました。

燕山荘22-130101
                                     年越しをした燕山荘にて   2013.1.1

元旦、燕山荘 出立前に-2013.1.1
                                       元旦、燕山荘前にて  2013.1.1
                   
いい再会にいい出会いもありました。 「燕」という字も書けるよになりました(*^^)v すぐに忘れそうですが(-.-) 以下備忘録写真日記です。

12/30(日)
宮城ゲート手前駐車場(標高755m) → 中房温泉(標高1465m) (泊) ※ 距離13㌔ 標高差710m
         中房温泉4.5-濡れた衣類処理ししばし寛ぐ -121230
中房温泉1-121230 中房温泉4夕食-121230 
中房温泉2社長にフットワーク軽いハマショウ、ナイスガイだ 中房温泉3イクミ&ヒロシ-121230

  中房温泉5ヒロシ&ハマショウ-121230 中房温泉6周さんと-121230 中房温泉7裸のつき合い盛り上がる(^^)-121230


12/31・大みそか 
中房温泉(標高1465m) → 燕山荘(標高2700m) (泊) ※ 距離5.5㌔ 標高差1360m
第一ベンチ(標高1675m) -121231
合戦小屋(標高2380m) -121231
燕山荘(標高2700m)着 -121231

燕山荘1-121231 燕山荘2-121231
燕山荘3燕山荘赤沼社長に入ってもらいパチリ-121231 燕山荘4社長vs社長-121231
  燕山荘5ヒロシ髪の毛フェチ?-121231 燕山荘6ハマショウ&イクミ-121231 燕山荘8飲めない御酒を飲むゆうきくん-121231

燕山荘9晩餐会始まる-121231

燕山荘11従業員紹介-121231
燕山荘12イングリッドの兄と同級生の黒部の林さん-121231 燕山荘13朝日小屋清水さんも紹介され挨拶される-121231

燕山荘14-121231 燕山荘15-121231
燕山荘16ハマショウ&ゆうき、若いもんは美しい-121231 燕山荘17大阪中尾さん&京都浜谷さん-121231
燕山荘18僕らに、周戸さん越後ご夫妻山下祐輝くんと-121231

燕山荘19チラ見したサブちゃん風雪ながれ旅-121231 燕山荘20 年越しそば御神酒が振る舞われた-121231


元日 
燕山荘 → 中房登山口 → 宮城ゲート駐車場  ※ 距離18.5㌔ 標高差2070m  
燕山荘21-130101

燕山荘23(朝は水作りから)-130101 燕山荘24(雑煮も振る舞われた)-130101

下山時合戦小屋-130101


下山後、最寄りの風呂でさっぱりし静岡に帰るikumiを穂高駅に送り、小谷まで戻り軽く夕食。 後、黒部に帰りました。 や~自然牙向く高い山で迎える新年はやはり格別なものがありました。 いい思い出がまた一つできました。 同行の朝日小屋清水さんのおかげでいい思いさせてもらった。ありがとうございました。 そしてシュウさんとの再会に越後ご夫妻に神奈川のゆうきくん、燕山荘の社員で黒部の林さんとも出会え楽しくそして嬉しかった。 ありがとうございました。 また留守を守ってくれたイングリッドさんきゅう。 ではみなさん良い正月をお過ごしください。  

※ 標高、距離はMy GPS値より。 お会いしたみなさん写真はお好きにお使い下さい。



フェイスブックその後 -2012.8.30(木)

昼寝-120830

この3月に始めたフェイスブックというやつ。 日々刻々とリアルタイムな近況や新情報が入ってくる。 そんなに情報なくても・・・って思った事もありましたが、趣味嗜好暮らしが似てる方の投稿はとても参考になりますし時に刺激にもなります。 また生きてて接点のある方あった方やご近所さんのそれは、今と云う時代みんながどんなことに興味持って生きておられるのかが少しですが分かるようになりました。 山バカな自分にとっては見聞が広がるというものです。

このFB、基本本名で登録というのが等身大で良いのか、友達の友達はもうお知り合いってのが微妙に興味引くのか、はたまた、世界中の方と友達になれるのが・・・自分の場合今のところシェルパ諸氏だけですが(笑)・・・が新しいのか、よく分かりませんし、また今のところ多分その機能の1/100(もしかしたらそれ以下)しか分かってないし使ってないのでしょうが、まずは、ん~ なかなか毎日が楽しいのです(*^^)v  

付け加えて言うと、それ使うツールとしてはPCが一番なんでしょうが、日中動いてる場合には、スマホってもう必須ですね。 さまざままアプリが “どこでもだれでもドア” みたいで大人でもあれこれ便利に使えます。 画像、動画共に画質が良いのも気に入ってます。 欲を言えば、外のどこでもがWi-Fi環境なら申し分ないんですが (^^)  そして今風神器とも言える「スマホ」や「フェイスブック」、依存症に注意する事も、考える葦、無限の可能性もつ高等生物、人として大切なのかも知れません。 


フェイスブックが富山で盛り上がってるらしい -2012.6.7(木)

今わたしの周辺で急速に広がりをみせているSNS、FB(フェイスブック)。 それが、私が生まれ育ち今も住んでいる、閉鎖的な県民性で知られる、ここ富山県で盛り上がりをみせているらしい(Hisao Matueda.さんがFBで報告されていた)。 所詮人間の作ったものであり使い方しだいなのでしょうが、とにかく地味で堅実暗めな人物像先行するオラが国越中・富山で、「盛り上がりをみせている」ことは確かなようですので、関連記事を貼っておこうと思います。

関連記事

FBに限ったことではありませんが、PCに加えて、出先で手軽に使えるスマホは必須でしょう。 また、大都市圏が上位占める中、沖縄県の普及率も突出して高いのはどうしてなんでしょう? 


マイカメラライブラリー(一応完結編)&法事 -2012.5.13(日)

F4-120513-1
                                         Nikon F4-S
こんな好天な日曜日、特にこのブログ見てる山仲間のみなさんはほとんど山だったことと思います。 私と言えば外せない所用の為一日ひらばにおりました。 なのでみなさんの山行レポ楽しみに拝見しようと思います。

で、今日もまずは今はもう使っていないアナログカメラシリーズ、最終章であります。 ニコンF4で締めるくくる事にしましょう。 手にしたのは1990(平成2年)。 バブル崩壊直前ながら、お立ち台にワンレンボデコンなどというおじさんにとってはにゃんともありがたい光景がみられた、そんなまだ世の中浮かれポンチな時代でした(当時私は33歳でまだおじさんなりかけって頃でしたが)。 購入動機は、F3欲しい欲しいと思いながら悶々とする中、時代はF4に移行。 結婚もし少し余裕が出てきた頃だったので満を持し購入しました。 歴史やスペック、うんちくはここやここやここらでどうぞ

デザインは、車のデザイナーとして117クーペなど多くを手掛けていた、ジュージアローによるもの。 あの頃出始めだったAF(オートフォーカス)機能に、動体予測も可能と言うから、完全にそそられました~(笑) が、今じゃ考えられない位こいつは重い(掲載写真の50㍉レンズに電池入れストラップ付けた状態で実測1,910g)。 2㍑のペットボトル片手で持ち歩いてる様なものです。 ましてストロボやでかいレンズなど付けようものなら、三脚使用除けば腕の筋力アップ間違いなしです。 しかしながら、この「カシャカシャカシャカシャッ!」と決まりまくるこいつの連写音。 ん~もう昇天しそう、シビレまくります、今も。 そして百聞は一見に如かず、とにもかくにも圧倒的なこの存在感。 まさに軍艦といったすばらしい風格です。 私の、手放せなかったカメラNo.1です。
F4-120513-2 F4-120513-3 F4-120513-4

紹介してきたこれらのアナログカメラたち、 
今は実用的な役目を終え、ひっそりご隠居生活を送っています。

※ 開いて大きくして見た画像がほぼ実寸大です ・・・実寸より大きな画面で見ればですが。


さて、今日の所用とは、おばちゃん(母の姉)の一周忌とその旦那の27回忌法要。 県内外から親戚が集まり、短い時間ではありましたが、近況やなつかしい話し、今だから聞ける話しなど、話しに花が咲き、程良い所で解散。 血がつながってるって、ルーツが一緒って、ん~それだけでいいもんだなーと久しぶりに思いました。 おばちゃん、おじちゃん、ありがとうございました。 合掌。
おばちゃんの一回忌-120513


続マイカメラライブラリー & saraと外出 -2012.5.12(土)

FE2-120512-1
                                         NIKON FE2

今日も飽きずにお蔵入りしてるアナログカメラの登場です。 手にしたのは1985(昭和60)年頃。 購入に至ったのは、ズバリ! 名機F3が高価で買えなかったから。 スペック等についてはここやここらでどうぞ。 

きちんと作られた道具としての信頼感と質感、とにかく持って歩くのが楽しかったカメラで、その後カメラ業界が、AFの速さと正確さ争う時代にあった中、流れから外れたこのFE2、かわいくて結婚式などによく持ち歩きました。 同時期、電池がなくてもシャッターが切れると言うことで、品のないがさつなシャッター仕様ではありましたが、New FM2 を並行して使用していました。
FE2-120512-2 FE2-120512-3 FE2-120512-4

写真は、50ミリF1.4を装着していますが、その数値の通りで、解放値で撮るとこれがまたやたらめったら面白いほどみごとなボケ味。 しっかり意識して撮らないとピントがきてないことしばしばでした。

FE2-120512-5
     軍艦部、ん~ながめてるだけでよだれ~
                    今でもシビレます (*^_^*)


さて、休みと決めた今日、このところ出不精な心と体にムチ打ち(大袈裟ですがそんな感じ)、saraと出かけました。 この中高年何処行く当てもなくで、つまりは馬場島へ走らせた次第です。 雨雲の動き良しと見てから自宅を出たのですが、伊折を過ぎ直前まで雨が降ってたことは路面から分かりました。 馬場島は思ったよりひっそりしていました。 

後、ももちゃんに会いたくていわなのはやつきに立ち寄りました。 おかあさんの郵便局の仕事で一緒に出ていたももちゃん程なく帰ってきました。 ひさしびり~(^^♪  でもどこで泥遊びしたのか大柄できれいな体があれ所々きったない茶色に(+_+)  あんたいい娘にしとられまーと一喝。 ここで遅い昼メシ済ませたのですが、知人の名前を出したらすげーサービス。 恐縮、逆に借りてきたネコよろしく小さくなって大人しく良い子ぶって頂きました^^; 

帰りは新川牧場に立ち寄り帰宅。 
そしてここからがバイク好きならでは。 気がついたら1時間以上みっちりさわり磨きました(*^_^*)
隣りのセルフスタンドに併設されてる洗車場が広くて、隅っこでシート外しゆっくり綺麗に。
細部や入り組んだ所は、ハブラシや綿棒が有効で、久しぶりにじっくりバイクと向き合いました。
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車以上に、風・匂いを感じるバイクという相棒。 今日は新緑の香り濃くとても気持ち良かったです。 また登山以上に道中というか、走ること自体が面白いバイクの世界。 取分け山間部は面白い。 走行距離100㌔に満たない今日のバイク旅。 はやつきのおかあさん現在丁度70歳だそうだが、たくさんよばれましたし、お元気そうで、お話しするととても心和み、帰りほんわかした気持ちでアクセル回しました。 後味のいい旅になりました。 また会いにゆきたいと思いました。 ありがとうございました。